86.出航
エミリアが家を出た後、セリスはフォードとルルと一緒に絵本を読んでいた。
イセルナーレの基本的な童話、銛の勇者の物語だ。
「悪の魔術師モーガン三世が杖を振るうと、山がごごごっと鳴りだしました……。すると山が崩れてヘルスドットを洞窟に閉じ込めてしまったのです」
「すごい魔術だねー」
「きゅーい!」
ルルがふにっと羽を掲げる。
とてもすごい、恐ろしい魔術です。とアピールしていた。
フォードがちょんと掲げられたルルの羽にタッチして、首を傾げる。
「でも、こんな魔術って本当にあるのかなぁ?」
「うーん……まぁ……」
モーガンについての話は正直、セリスのような大人からするとありえない設定だ。
杖を振るうだけで山を崩すなんて不可能である。
精霊魔術で山を崩すにしても、強大な精霊がその場にいないと成立しない。
しかもその場合、複数人で精霊に語りかけないと……。
これはあくまで、おとぎ話の世界なのだ。
「前の絵本はこんなに魔術ってなかったよね」
「きゅーい?」
「うん、前のお家から持ってきた絵本だよ」
フォードが言っているのはウォリスの絵本だった。
ウォリスの絵本には冒険譚は数少ない。
ほとんどが貴族生活の退屈な、子ども向けではない話だ。
「フォード君は……魔術の話はあんまり好きじゃない?」
「ううん、好きだよ。でも本当かなって思って」
うーん、やっぱりフォードは賢い。
ここは疑問に答えたほうが良さそうだとセリスは判断する。
「こんなにすごいことを起こすのは、たくさん勉強しないとダメだね。簡単には使えないよ~」
「あー、やっぱりそうなんだねぇ」
「きゅいー!」
ルルが勉学こそすべてを解決するぜ、という顔になっている。
ルルはペンギンなのだけど、勉学の大切さを知っているようだった。
「じゃあさ、もうひとつ……聞いてもいい?」
「うん、なにかな?」
フォードが絵本の中のモーガン三世を指差す。
この絵本の主要な悪役で、前に出てきた悪の魔術師モーガンの孫ではある。
「……このモーガン三世って前のモーガンとは違う人? 同じ人っぽいけど……」
フォードは違和感を嗅ぎ取ったのだろう。
本当に賢い子どもであった。
モーガン三世は出版社がヘルスドットシリーズを続けるために作った悪役で……。
シリーズ最新作では、なんとモーガン十二世が出てくるのだ。
とはさすがにセリスも言えなかった。
エミリアは夜の王都を小走りに進む。
まだ深夜ではないので通りにも人が多い。
だが、東の港に行くにつれて人通りはぐっと減ってきた。
夜に船を出す人はやはり少数派のようだ。
待ち合わせのコテージに着くと、すぐロダンが中から出迎えてくれる。
「大丈夫だったか?」
「ええ、一度来たおかげでね。そちらは予定通り?」
「万全だ。少し休んでから出るか?」
気遣ってくれるロダンにエミリアは首を振る。
懸念は天気のほうだ。
雨が降りそうではないが、空気はまだ湿っぽい。
「私は疲れてないわ。午前のように天気が悪くなる前に出ましょう」
「そうだな……。早速、アルシャンテ諸島に行くか」
少しの飲み水と食料、それに荷物のバッグを持ってふたりは埠頭に向かう。
ロダンはコテージのすぐ近くにある小さな漁船を指差した。
黄と青の鮮烈なカラー。家族で使う程度の大きさではあるが新しそうな船だった。
「大きくはないが、最新鋭だ。速度も耐久力も申し分ない」
「おおー……というか操縦はロダンが?」
「無論だ。安心しろ、船舶操縦士の資格もちゃんと持っている」
「……なんでも持ってるんですね」
「王都守護騎士団の団長になるには、10個以上の国家資格が必要だ」
ううむ、中世っぽい組織の長、しかも世襲なのに……。
そこら辺が資格主義なのはイセルナーレだからか。
でも乗るほうとしては安心できる。
前世でも船に乗った経験はあるが、せいぜいフェリーや手漕ぎボート。
漁船に乗った経験はエミリアにはなかった。
「気をつけろ」
ロダンが船に乗り込み、手をエミリアへ差し出す。
月明かりにロダンの白い手がはっきりと映し出される。
「はい……!」
ロダンの手を取り、体重を船へと移す。
揺れない。大丈夫そうだ。
風が吹く。夜風がしっとりと肌に吸い込まれていく。
ロダンはエミリアが席に着くまで、そのまま手を離さなかった。
ほんの数秒だけど、その心遣いがとても温かく感じたのだった。
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