8.結婚式の裏で
ロダンは人の話を遮ったりはしない。
エミリアはぽつぽつと昨日の夜の出来事から――過去に遡って話した。
夫のベル・オルドンに突然離縁を申し渡されたこと。
息子のフォードも同時に追い出されたこと。
実家には頼れずイセルナーレに来たこと。
視界に捉えているフォードは熱心に本を読んでいる。
それだけがエミリアの全てということ。
(……前世のことはさすがに言えないよね。あと手持ちの換金できそうなモノだけ持って出てきたことも……)
時に相槌を打ち、頷くロダンにかなりのことを話した。
時間にして数十分ほど。
ロダンの表情は――ほとんど変わらない。
しかし、内面で苛立っているのがわかった。
(それはベルに向けて? 怒ってくれるのかな)
そうなら本当にありがたいとエミリアは思った。
エミリアは自覚していなかったが、やはり話を聞いてくれる誰かが必要だったのだ。
「……というわけで」
とりあえず言えることを言い終えると、エミリアは心の荷が少し下りたのを感じた。
状況は何も変わっていないが、楽にはなっている。
「――なるほどな」
ロダンの美しい瞳がエミリアをじっと捉える。
エミリアはロダンの反応を待った。
「俺は誤解されやすいから、端的に言う」
「うん、言って」
「とんでもない話だな」
「あはは……そうだよね」
ロダンの感想にエミリアは薄く笑ってしまう。
笑い事ではないが、笑わないとやってられない。
「そのベルという男は正気か? 栄えある公爵家でそんな所業をするなど……イセルナーレ王国ではあり得ない話だ。怒りを禁じえん」
「ウォリス王国ではあるみたいで」
フォードには聞かせられないことだ。
でもロダンに言ってもらって、ずいぶんと心のよどみが浄化された。
「……本当に許せん」
ロダンの瞳が怒りに揺れていた。
こんなに怒った感情を出すのは、学院時代になかった気がする。
「でも、仕方ないよ。私が言ってもオルドン家も元夫も聞かないだろうし」
「君はそれでいいのか」
「いいわけないけど――オルドン家にはとどまれないし、フォードのことを考えたらこうするしかないわ」
ウォリス王国で離縁に抵抗するのは非現実的だ。
お金も地位もオルドン公爵のほうが圧倒的に上で、歯向かえば何をしてくるかわからない。
フォードの環境的にも悪くなるだろう。
自分のことはどうでもいい。
フォードが健やかに育つ環境がまずエミリアにとっての最優先だった。
「…………」
ロダンが腕を組んで、考えている。
「何を考えているの?」
「離婚はまだ成立していない」
「……はい?」
イセルナーレの法律は知らないが、ウォリスではこれで終わりだ。
前世の知識からすると論外だが……。
「エミリア、君の結婚式を覚えているか……いや、悪い。思い出さなくていい」
離婚の後に思い出すのは正直、よろしくない。
だけどあの結婚式が何なのだろうか。
「イセルナーレからも俺を始め、何人も参加した」
「ええ、そうね……」
正直、あの結婚式で一番印象的だったのはベルの言い放った――「これは政略結婚だ、忘れるなよ」だ。
割と最悪ではある。
ロダンが嚙みしめるように言葉を放つ。
「イセルナーレの法では、法務官の立ち会った結婚を終わらせるには法務官の許しが必要だ。もし強引に離婚したいなら、相応の償いをすることになる」
「……イセルナーレの法ではって。私の結婚はウォリスでしたのよ」
「オルドン公爵家からはイセルナーレの法にも適合した形で進めたい、と言われたぞ。もしかして君は知らないのか?」
……ええ?
全然わからない。知らない情報だった。
(ど、どういうこと? ベルは何をしていたの??)
あの結婚式の裏で元夫は勝手に何かをしていたらしい。
イセルナーレの法務官を立ち会わせ、法的にもイセルナーレに沿う形で。
どういう意味があるのかは想像もつかないが。
背中にじっとりと嫌な感覚が這ってくる。
「その様子を見るに、知らなかったようだな」
「初めて知ったわ……。でも、それに何の意味があったの?」
「法務官は自らが招かれた結婚式に、祝福として定められた祝儀を送ることになっている。金額にしたらかなりのものだ」
「……はぁ?」
思わずトゲついた声が出てしまう。
慌てて口を押えるが、怒りは収まらない。
(なに、それ……!! ちょっと違うかもだけど、お葬式に偉いお坊さんを呼ぶようなもの? そんなことを私に内緒で決めていたの!?)
全部、知らなかった。
あの元夫はエミリアに内緒でそんなことをイセルナーレの参列者に頼んでいたのか。
もちろん目当ては金だろう。
わかりやすすぎる。
「その話を受けた時は不思議に思ったが――イセルナーレの箔を付けたいのだと言われ、最終的に納得した。……ウォリスよりもイセルナーレのほうが大国だからな」
「はぁ……信じられない」
どこまで身勝手なのだろう。
妻になるエミリアに内緒で……顔が赤く燃え上がってくる。
しかし心は熱くなりながらもエミリアはまだ理性を保っていた。
今の話は重要だ。
でもだからといって、即座にエミリアが何かできるわけではない。
5年近く前の結婚式に参列した法務官様――その人を呼んでも迷惑だろう。
自分に置き換えるとそう思ってしまう。
「でも今の話で重要なのは、イセルナーレの法務官様でしょ。私の結婚式に参列されたという。その方を巻き込むのは……」
そこまで言って。
エミリアは気づいた。
ロダンの凍てついた蒼い瞳が信じられないほどの怒りに染まっている。
――殺意さえ感じるほどに。
「その結婚式に参列した法務官というのは、俺だ」
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