78.レッサムとマルテ
レッサムとマルテについて、です。
東の港の丘を歩きながら、イヴァンとレッサムは縦に連なって歩いていた。
観光客がまばらな公園をふたりで歩く。
レッサムが先を行き、イヴァンが後についていた。
「今回の件、本当に感謝しております。我が社の悲願達成にご尽力頂いたこと、厚く御礼申し上げます」
「いや、こちらこそ。貴社の事業に貢献できてなによりだ」
レッサムはそっけなく答えた。
濃い緑の瞳が細まり、ふたりの横に広がる海に向けられる。
イセルナーレの海は忌々しいほどに輝いていた。
「だが、どういうことだ? なぜ私のチームを排除して作業を進める?」
「……排除など、とんでもございません」
「いいや、貴君はイセルナーレ魔術ギルドにすべてを一任した。しかも王立守護騎士団にまで渡りをつけて……」
レッサムは指折り数えて、イヴァンを詰問した。
「墓堀人の意向を無視するつもりか」
イヴァンの歩みがほんのわずか、止まる。
だが、それは一瞬のことだった。
「まったく、そのようなつもりは」
「白々しい……貴君がそのような態度なら、こちらにも考えがある」
この会談にレッサムは期待していなかった。
ただの確認行為だ。
結局、力のない者は何も守れない……。
もうレッサムの中で答えは出ていた。
嘘、偽り、裏切り……人生のすべては、結局はこれらからしか成り立っていないのだから。
果たして、どれほどの代償があれば死は報われたと言えるのか。
――レッサムは考える。
妹マルテの死は、どのような意味があったのか?
――レッサムは憎悪する。
18年前、東の港の海は荒れていた。
猛暑が蒸気を生み、その年は嵐が多かったのだ。
港に近い、こじんまりとした一軒家。
レッサムは少しやつれたマルテと相対していた。
マルテは中性的な美しさを備えた、レッサム自慢の妹だった。
マルテの色素の薄い金髪は絹を思わせ、緑の瞳には確かな知性と意志が宿っていた。
細身だが筋骨はしっかりとしており、顔立ちに比して見る者に力強い印象を与える。
両親が早くに死んだレッサム、マルテ兄妹はふたりで生きていた。
10歳以上も違ったレッサムとマルテだが、その結びつきは非常に強い。
魔術師として研鑽を積み、年代は違えど同じ海軍に入ったのだ。
レッサムはマルテを自分の子どものように思っていた……。
妹に向かい、レッサムはこれまでも繰り返した言葉をあえて重ねる。
「お前はカーリックに利用されているだけだ……!」
「兄さん、私は……」
マルテはひとりの子を産み落としていた。
澄みきった海色の瞳を持つ銀髪の男の子。
すでに恐るべき魔力を持った、ロダンである。
ふたりから離れたベッドで休む、3歳のロダンをレッサムが睨みつけた。
「あの門閥貴族の権化、カーリックがお前を認めることなんてありえない!」
「……でも彼は約束してくれた。ロダンを嫡子にするって」
「それでお前は? あの男には侯爵家からの正室がいるんだぞ」
彼には理解できなかった。
優秀なルーン魔術師から海軍に所属し、士官に上り詰めた妹が。
美しさと強さを併せ持った妹が。
なぜカーリックの言いなりになって、妾などという地位に甘んじなければならないのか?
レッサムがそう説いても、マルテは首を振るばかりだった。
激しい雨が窓を打ち鳴らす。
苛立ちが排水溝の激流に募っていく。
「私は……別にいい。今のままで」
「ロダンを手放したら、二度と会えないぞ。そうなってもか」
「…………」
マルテの視線に初めて迷いが見えた。
ロダンを嫡子にするというカーリック家の申し出。
妹のマルテはその意味と帰結を理解していない。
あるいは理解して目を背けている。
最愛の妹の不幸を、レッサムは見過ごしたくなかった。
「戦うんだ、マルテ。奴らの言いなりになるな」
「でも……どうするの?」
「功績を示すんだ」
レッサムは言い切った。
カーリックの思惑をはねのけ、妹が幸福になるには……。
「海軍の秘密プロジェクトがある。ここで成果を出せば、爵位も夢じゃない」
母と伯父の会話。
ロダンはベッドの中からふたりの会話を聞いていた。
何を話しているかはロダンにはわからない。
……でも、わかっていることがある。
あの伯父は母を変えてしまう。
『僕は何も望んでないのに……父さんなんていらない』
『母さんがいれば、それでいいのに』
でもロダンは言えなかった。
何かを言うには、ロダンはあまりにも幼かった。
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