77.今後と炭酸
夜になって迷わないよう、エミリアはあえて歩いて帰ることにする。
途中、買い物ついでに紙袋をもらい、そこにレモネードの瓶をつっこむ。
公爵令嬢らしからぬ振る舞いだが、これはこれで気楽だった。
(……誰も気にしないしね)
ウォリスの貴族がいる場所では、こんな振る舞いは不可能だ。
さすがにエミリアの顔は知られすぎている。
今のイセルナーレにも、きっとたくさんの他国の貴族が観光に来ているのだろう。
それを表に出す人もいればそうでない人もいる。
エミリアは後者だ。
フォードにも後者になって欲しいと思う。
その理由は簡単だった。
(この後、この世界は……きっと私が前世を生きた時代に近づいていくのよね)
火薬と蒸気と鉄道。
辿る歴史は少し違えど、着実に20世紀の科学力に近づいている。
イセルナーレの人口はすでに4000万人。
さらにまだまだ人口は増え続けるだろう。
貴族制度は徐々に崩壊し、名もなき市民が台頭する。
王侯貴族は議会と官僚にとってかわられ、選挙の時代が訪れるのだ。
そして故郷のウォリス王国のような、時代に乗り遅れた国は……名前さえ残らないかもしれない。
息子のフォードは4歳。
彼が生きる時代は多くの静かな変革が進むだろう。
エミリアは前世の知識から、これらの確信を抱いていた。
だから息子にも貴族になって欲しいとは思わないのだ。
「…………?」
ふと、観光客でごった返す中に覚えのある気配を感じる。
「……あ」
近くの坂をふたりの男が上っている。
ひとりはイヴァン、もうひとりは白髪の男――レッサムだ。
イヴァンとレッサムは厳しい顔をして……そのまま人混みに紛れていった。
イヴァンの顔はいつも柔和な彼に見られないものだ。
エミリアもここに居るのは秘密の仕事があってだった。
なんとなく、すすっと観光客の中に屈むようにエミリアも姿を消す。
(仕事関係かな……?)
知り合いにばったり会ってもごまかせるが、会わないほうがいい。
ロダンは合法と言ってはいるが……。
エミリアは足早に帰宅を急ぐことにした。
帰宅するとセリスとフォード、ルルがお絵描きで遊んでいた。
画用紙にぐりぐりと絵を描いている。
セリスの絵はかなりのモノだった。
嵐に見舞われる海、銛の勇者と悪の魔術師モーガン。
銛の勇者ヘルスドットの冒険の一幕だ。
「セリスお姉ちゃん、絵も上手だね~」
「んふふー、フォード君も描いていけば上手になるよ?」
「きゅい!」
ルルもクレヨンを持っていた。
持ち手の部分に厚紙の柄を巻いているので、羽にクレヨンがつく心配はない。
これはエミリアのアイデアだった。
母としてエミリアも日々、学習している。
「ん! あ、お母さん! おかえりなさい!」
「きゅっきゅー!」
「おかえりなさいです!」
「ただいま、みんな。セリスさんもありがとう」
「いえいえー、お気になさらずっ!」
エミリアは持って帰ってきたレモネードの瓶を取り出す。
レモネードを飲んだことのないフォードが小首をこてんと傾げた。
「お母さん、それなにー?」
「きゅーいー?」
「炭酸飲料よ。えーと……しゅわしゅわする感じかな」
フォードが首を傾げながら瓶に近づく。
ぽこぽことわずかにレモネードが泡立っていた。
まぁまぁ、炭酸は抜けている。
「おもしろーい! これ、飲めるのー?」
「ええ、ちょっと他の飲み物と違うけど」
早速、人数分コップを持ってきて注ぎ入れる。
コップに入ったレモネードに外の太陽がきらきらと反射した。
こうするとなぜか炭酸はおいしく見えるから不思議だ。
「ふぅーん? へぇー……」
「きゅー? きゅっきゅー……」
フォードとルルは顔を寄せて、テーブルの上のコップをあらゆる方向から見ていた。
炭酸は抜けかけているが、多分このくらいがちょうどいい気がする。
「どんな味がするんだろうね」
「きゅい!」
ルルは精霊ペンギンなので、今までなんでも口にしていた。
炭酸もきっと大丈夫なはず……。
「いただきまーす」
「きゅーい」
ふたりがそれぞれコップを両手と両の羽で持って、ごくり。
喉にレモネードを流し込む。
ぱっとフォードとルルの目が見開かれた。
「んんー! 本当だ、しゅわーってするね!」
「きゅーい! きゅっ!!」
ほっ……フォードもルルも大丈夫だったようだ。
最初の一口は少なめだったが、次からは一気に飲んでいく。
「んふふー、おいしいっ!」
「きゅぷい!」
セリスはもちろん、レモネードを飲んだ経験があるのでごくごくと。
大公家の令嬢とも思えない、豪快な飲みっぷりだった。
「ふぁー、いいですねぇ。炭酸飲料はイセルナーレの宝ですよ」
「セリスさんも結構飲める口なのね」
「ウォリスだとアルコールが入ってますが、このパンチの効いたライムと甘味のほうが私は好きですね」
ふむ、現代日本ならコーラやジンジャーエールにハマリそうな台詞だ。
季節の贈答品はレモネードもアリだとエミリアは考える。
「こんなのがイセルナーレにあるんだね」
「きゅーい!」
こくこくこく。フォードは目を丸くしながらレモネードを飲んでいく。
可愛い……。
子どもに新しい味を教える時は、親としてとても楽しい時間だ。
新しい世界、文化を教えている実感がある。
(今度からは炭酸も買ってこようかな……?)
たまの贅沢品として、食卓に出してもいいだろう。
エミリアは息子とルルの様子から、そんなことを考えるのだった。
しゅわわわー…… (*´꒳`* っ )つ三
*私は炭酸がかなり抜けたジンジャーエールが大好きです。
皆様はどうでしょうか?
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







