62.解体作業
数日後、正式にイセルナーレ魔術ギルドとブラックパール船舶株式会社で契約が締結された。
その知らせを受けてエミリアとセリスは作業着で港へと出向く。
8月2週目、港は焼けつくような暑さだ。
いるだけで汗が流れる。水筒を持ってきて正解だった。
港でふたりを迎えたのはイヴァンである。
前回と同じく隙のない出で立ちだ。
エミリアはまず、セリスを紹介した。
「こちら、イセルナーレ魔術ギルドのセリス・デレンバーグです。私と一緒に本作業に従事します」
「よ、よろしくお願いいたします……!」
セリスとイヴァンは初顔合わせだ。
ギルドの推薦した人材を無下にするはずがないが、ちょっと緊張する。
「はじめまして。イヴァン・ロンダートと申します。どうか気安く、イヴァンとお呼びください」
イヴァンはにこやかに金髪を風になびかせて応対する。
その笑みは先日、エミリアに向けられたものと何ら変わりがない。
「はい……イヴァンさん、では私のこともセリスとお呼び頂ければ」
「ありがとうございます。……セリスさんはかつてイセルナーレに留学されたことがありましたか?」
「あっ、そうです。よくご存じですね」
「あなたが留学されていた時、イセルナーレ国立魔術大学の大会で賞をお取りになられましたよね。新聞に載っていたのを覚えております。これは心強い」
淀みなく流れるように話を運ぶさまは、まさに商売人だ。
ロダンもここまでではないし、ウォリスの貴族では考えられない。
「はっ、えへへ……お褒めにあずかり、光栄です」
セリスが美貌のイヴァンに褒められ、顔を綻ばせる。
ただ、どことなく戸惑いもあるような。
(……元夫も顔は良かったからね)
無意識の警戒感かもしれない。
自己紹介が終わったところで、いよいよ作業だ。
「では、作業現場へお連れいたします」
「お願いいたします。今日から早速、作業に入れればと思っていますので」
「頼もしい限りですね」
船の残骸はそのままの位置で変わっていない。
海のすぐ近くだ。
ただ、違いがひとつあった。
残骸を囲むように巨大な日傘と椅子が置かれている。
日傘はたっぷり大人が数人入れるサイズだ。
椅子もゆったりとした作りである。
「お暑いと思いますので、日傘と椅子を設置させて頂きました。さらに弊社の社員が常に現場におりますので、水や食事、日傘の移動、作業台の新設など必要なことがあれば何でも仰ってくださいませ」
「至れり尽くせり、誠にありがとうございます」
エミリアとセリスは心遣いに感謝し、礼をする。
ブラックパール船舶はきっちり整えている。
(こういう人なら、常に警備も置いておくのかな?)
解体作業の船にまで警備を絶やさないのは、神経質なのかも。
それはそれで気をつけて作業をしなければ。
「……最初だけ、少々作業を見学させて頂いてもよろしいでしょうか? お邪魔にはならないようにいたしますゆえ」
「もちろんです。ぜひともご覧になっていってください」
エミリアはセリスと頷き合い、船の残骸のすぐ側へと近寄る。
船の残骸は先日来た時と同じだ。
壊れ、歪み、錆ついている。
エミリアは手袋をつけて、そっと屈む。
「ふぅ……」
エミリアは目を閉じた。
太陽の熱を日傘の下でも感じ取れる。
吐息の熱。埠頭に寄せる波の音。
遠く、遠くで海をかき分ける船。
そっと指先で船の残骸に触れる。
そのまま呼吸を静かに、すすっと指を滑らせていく。
身体ごと、船体をなぞるように。
海カモメの鳴き声が聞こえる。
野外での作業は、屋内とはまた違う。
一定の環境下に保たれた消去作業はやりやすい。
ここはどうしても環境と雑音が意識に入ってくる。
(でも、大丈夫……)
イヴァンの気配を背後に感じる。
……エミリアの指がぴくりと止まった。
ルーンの刻印だ。ほんの少しの熱を放っている。
魔力感覚を持った者には、ルーンはほのかな灯、光る文字のように感じられる。
そこに指をなぞらせる。これはまだ、消しやすい。
ひとつのルーンが崩れているだけ。
身体の奥から魔力を溶け込ませる。
じっくり、焦らず……。
数分間、ルーンの文字と自分を同化させる。
(いまだ……っ)
ぐっと目を見開いたエミリアが指を船体に押しつける。
ぱっと赤熱した魔力を散らせ、ルーンが消えた。
イヴァンが敬意を込めて拍手する。
「……素晴らしい。私の期待を遥かに上回ります。これなら言うことなし、安心してお任せできます」
明日2/5はバリウムを飲んでぐるぐる回る神聖な儀式を受けるため、更新回数が減少します。
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