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6.イセルナーレの都

 ロダンが立ち上がり、東の方角に首を向ける。

 その視線の先にあるのがイセルナーレの都だ。


「列車が動くにはまだ時間がかかる。送っていこう。馬を待たせてある」

「わぁ! お馬さん……!?」


 フォードが目をキラキラさせてロダンを見上げた。

 

「もしかしてスレイプニル!?」

「フォード君は物知りだな。そう、ルーン魔術で鍛えたイセルナーレの軍馬だ」


 スレイプニルはイセルナーレの特産種でもある。

 品種改良と魔術によって普通の馬とは比べ物にならないほど力強く、大きい。

 

 長身のロダンとエミリア、フォードくらいなら苦も無く乗せてしまう。

 そこではっと何かに気づいたフォードが母に声をかけた。


「……お母さんはお馬さん、大丈夫?」

「私は大丈夫よ」


 結婚してからはめっきりと乗らなくなったが、貴族学院の頃は乗り回していた。

 騎射大会で学年代表に選ばれたこともある。


 ウォリス王国では精霊魔術を学ぶ前段階として、動物と心を通わせるのを重視する。優れた精霊魔術の使い手は例外なく乗馬も得意だ。


 スレイプニルなら山盛りのエミリアの荷物だって問題ないだろうし……それにフォードにスレイプニルを見せてあげたい気持ちもある。


 だが、その裏でロダンはエミリアに気づかれないように表情を抑えていた。


(エミリアの乗馬の腕前は学院時代でさえ達人級だったのに、息子のフォード君はそれを知らないのか……?)


 結婚してから乗る機会が減ったにしても、エミリアが嫁いだオルドン公爵家は畜産でも有名だ。まったく機会がないとは考えづらい。


 それに疑問は他にいくつもあった。


 なぜ平日朝にイセルナーレ行きの列車にふたりで乗っているのか。

 公爵夫人ならメイドがいてもおかしくないのに……。


 他にもロダンの元には、公務で王都を訪れる他国貴族の情報は漏らさず入ってくる。なのにそこにも報告がない。


 しかし、なによりも。

 久し振りの再会を喜べない自分にロダンは気づいていた。


(……なぜ、こんなに痩せ細っている)


 結婚する前の印象とまるで違う。

 ただ――人には事情がある。


 卒業してから5年弱の間に何があったのか。

 もしかしたら、大病を患っていたのかも知れぬ。


 問いただしたい思いをロダンは押し込める。


 スレイプニルは線路から少し離れた大木に繋いでいた。

 それを見たフォードが喜び、三人揃ってイセルナーレの王都へ向かう。

 

 列車の止まった場所から王都まで直線距離で10キロほど。

 スレイプニルなら駆け足で30分もかからない。


 風を受けながら走るとフォードがにこにこと笑う。


「うわー! たかーい、はやーい!!」

「ふふっ、風が気持ちいいわね」

「フォード君はスレイプニルを気に入ったか?」

「もちろん! お馬さんに初めて乗ったけど、こんなに凄いんだね……!」


 初めての乗馬では恐怖を抱く者も少なくない。

 しかしそこはエミリアの血をよく引いているとロダンは思った。


 潮風が吹く野原を走り、小川を越えればすぐに王都だ。

 馬を駆りながらロダンはさらなる事実に気がついていた。


(ウォリス王国では結婚指輪をいかなる時でもつけているはず――それも、ない)




 街の手前にある厩舎にスレイプニルを預け、エミリアたちは王都へ到着した。


「うわぁっ! すごーい、街が大きいー!」


 イセルナーレの王都は半島の海に面しており、小高い丘から全貌が見渡せる。

 内陸のウォリス王国に比べるとあらゆるものに色合いが濃い。


「海も綺麗だね、お母さん!」

「そうね、本当に……エメラルドの海って讃えられるのもわかるわ」


 カモメが尖塔で羽を休め、白レンガの街並みの奥にはきらびやかな海。

 街に近い海は濃厚な青色をして、沖合いには翡翠色の海が広がる。

 

(風も気持ち良くて、来て良かったわ)


 今、季節は初夏だ。

 ほどよく暑く、人々が一生懸命働く季節でもある。


 海には数々の船が浮かび、そのいくつかは色鮮やかな旗を突き立てる。

 エミリアの疲れた心のいくらかが海へと溶けていきそうだった。


 ロダンの説明を受けながらイセルナーレの都を進む。


 イセルナーレ王国自体、エミリアの生まれであるウォリス王国より何倍も大きい国だ。その王都はフォードの関心を惹きつけて止まなかった。


「夏になるとイセルナーレではお祭りをよくやるんだ」

「気になる! どんなお祭りをするの?」

「海の魚に感謝したり、あとは――鉄だな。イセルナーレでは鉄に刻むルーンが盛んだ」

「うん、知ってる。それにも『ありがとう』ってするの?」

「その通り、派手にルーンを輝かせてお祭りするんだ」

「うわぁ……綺麗そう……」


 エミリアも話を聞きながら、ロダンの変化にちょっと驚いていた。


 学院時代、ロダンは非常に誤解される人物だった。

 凍てつくような美しさと心に響く天上の声。

 ちょっとどころでなく恐れ多く、怖がられていた。


 それが今はどうだろうか、4歳のフォードの心をしっかり掴めている。

 学院時代には想像もつかなかった。

 

(最後に会ってから5年くらい経っているものね……)


 ロダンもエミリアと同じ21歳だ。


 多分、結婚しているだろう。

 名門貴族で王都仕えのロダンを放っておくはずがない。


 と、そこでエミリアはこの光景が他人にどう見えるか気になってしまった。

 子連れの女性と昼間から……ウォリス王国ではあまり宜しくない。


 さっと顔から血の気が引く。


 フォードが道端の音楽芸人に意識を向けた隙に、エミリアは小声でロダンに問う。


「あの、今さらですけれど……」

「なんだ?」

「私と一緒に歩いていて、大丈夫ですか」


 ロダンが整った眉をほんのわずかに釣り上げる。

 この表情変化を見分けられるのは、エミリアくらいだろう。


「……俺は独り身だ。心配するな」

「えっ……」

「君も変わったな。昔はそういうことに一切気を回さなかったのに」


 うっ……とエミリアは顔が熱くなった。

 自分もまたこの5年の間に、確かに変わっていたらしかった。

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