55.ごっこ遊び
「あ、お母さん! おかえりなさい!」
「きゅい! きゅーい!」
リビングの入り口で立ち止まっているエミリアにフォードとルルが気づいた。
倒れているセリスもがばっと起き上がる。
「はっ……! エミリアさん、お帰りなさいっ」
「た、ただいま……」
セリスの髪は乱れ、紙製の剣が刺さったままだ。
ごっこ遊びを真剣にやってくれた結果だった。
「……フォードと遊んでくれていたのよね?」
「うん! 銛の勇者ごっこ!」
フォードがエミリアに駆け寄り、ぎゅーっと抱きしめてくる。
「んぅー? 海の匂い……」
「うん、港にいってきたからね」
「じゃあ、船もいっぱいあった?」
エミリアはさきほどの海に浮かぶ船と、船の残骸を思い出した。
もちろん残骸のことがずっと頭に残っているが、それは表に出さなくていい。
エミリアは笑顔を浮かべてフォードに答える。
「もちろんよ。大きい船もたくさんあったわ。フォードは良い子にしてた?」
「セリスお姉ちゃんとずっと遊んでたよ!」
「きゅーい!」
フォードが微笑み、ルルもお腹を前に出す。
ルルにとってはこれが同意のサインらしい。
どう見てもセリスは身体を張って遊んでくれていた。
疑う余地はない。エミリアがセリスの前に座る。
「セリスさん、どうもありがとう。大変だったわよね」
「いえいえ、こちらこそ楽しく遊べました」
セリスが言いながら髪を整え、紙製の剣を抜く。
今日、この場で作ったにしては結構いい出来だ。
「何か、こういうのをやっていたの?」
「貴族学院では演劇部だったんです。あはは、役者の才能はないって言われちゃいましたが……」
ウォリスの貴族学院には数々の部活動がある。
エミリアは勉学に集中していたので、帰宅部であったが……。
演劇部はその中でもかなり大きなほうだ。
(もしかして離婚劇の時の叫びは、演劇部から……?)
思い返してみると、かなり腹から声が出ていた気がする。
「でも何でも経験しておくものですね。今、役に立ちました」
「うん! すっごく楽しかった!」
「きゅーい!」
物静かなフォードがごっこ遊びをするとは……。
いや、フォードの年齢なら当たり前のことだとエミリアは思い至る。
前世の記憶を思い出す前のエミリアに、フォードは言い出せなかったのだろう。
……エミリアを気遣って。
でもルルが来てフォードも年相応になりつつある。
そして飾らない、年齢の少し近いセリスだからこそ引き出せたのだ。
なんとありがたいことだろう。
でも、あまりセリスを家に引きとめるわけにもいかない。
「セリスさん、今日は本当に助かったわ。時間は大丈夫?」
「あ、そうですね……。では、私はそろそろ帰ります……!」
「またね、セリスお姉ちゃん!」
「きゅっきゅーい!」
身だしなみを整えたセリスをエミリアは玄関まで見送る。
飛び出している赤髪の整い具合が気になるが、セリスはこれでいいらしい。
「またフォード君を見て欲しい時は、いつでも連絡を頂ければ……!」
「……本当にいいの?」
「フォード君といるのは楽しいですし、それに――あまりひとりでいたくないというか」
最後の言葉は聞き取れないほど小さい。
その気持ちはエミリアには痛いほどよくわかった。
自分も息子がいなければ、とてもではないが立ち向かう気力は出なかっただろう。
「わかったわ。甘えさせてもらうけど、負担になったらすぐに言ってね」
「ありがとうございます」
「あと、これ……少ないけれど、受け取って」
エミリアはイセルナーレの紙幣が入った封筒をセリスへと押しつける。
「ええっ!? 本当に、いいですよっ」
「ダメよ」
エミリアははっきりと言い切った。
ここだけは譲れない。
「お金は大切よ。お金に替えられないものもあるけど……どれだけあっても困らないから」
「…………はい」
封筒に包んだのは1万ナーレ。日本円にして2万円ほど。
見てもらったのは約2時間なので、時給1万円だ。
保育にしては破格だが、家庭教師も込みと思えば高くはない。
セリスの価値はエミリアもよく知っている。
「助かります。では、また……!」
「ええ、お願いするわね」
エミリアとしてもセリスの存在は助かる。
もしかすると、子ども目線ではエミリアより優れているのかも。
(……ごっこ遊びか)
明日、セリスのマネをしてちょっとやってみよう。
自分も親として学ぶことが多い……とエミリアは改めて思った。
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