54.ブラックパール号
エミリアの言葉を受けて、グロッサムが勢いよく膝を打つ。
「ウチの新入りがやるっていってるんだ。腹括るしかねぇな」
「グロッサムさん……!」
「というわけだ、フローラ。現場はやるぜ」
「……わかったわ。イヴァンさん、イセルナーレ魔術ギルドでこの依頼を引き受けます」
イヴァンがすっと頭を下げ、エミリアたちに礼をする。
「ありがとうございます。契約書の締結にすぐ着手しましょう」
「ええ、とりあえず今日は失礼するわね」
「とても有意義な時間でした。お見送りいたします」
イヴァンの丁寧さは図抜けている。
彼は本当に港の出口に停めてある馬車までエミリアたちを見送った。
馬車に乗り込むとグロッサムが腕を組んで難しい顔をする。
何が話題に出るか、さすがにエミリアにもわかっていた。
「……カーリック伯爵はなんであの場にいたんだ?」
「はい……」
当然、これは聞かれるはずだった。
隠していても意味はない。どうせこの案件を調べればわかる話だ。
エミリアは聞いた話を包み隠さず、ふたりに伝えた。
ただ、エミリアがロダンをどう感じたかは――悲しさとこだわり、そういった想いは主観的な話だ。
それらを除いてエミリアは事情を説明した。
「ふぅむ……なんとな、そんな因果があったのかい」
「15年前の沈没事故について、私はよく知らないのですが……おふたりは?」
「大事件で何日も新聞に載っていたから、知っているわ」
馬車に揺られている間、エミリアはフローラとグロッサムから沈没事故のあらましを聞いた。
事故が起きたのは15年前の夏の終わり。
その年は猛暑で、台風が続いていた。
「15年くらい前はよ、カローナ連合と一触即発でな……」
カローナ連合はイセルナーレから海を1000キロ以上隔てたところにある、乾燥した大地と豪雨、海運の国だ。
イセルナーレほどではないが、ウォリスよりは断然大きな国である。
当時、両国は制海権を競って緊張状態にあったという。
内陸国に育ったエミリアにとっては物理的にも遠い話で、初めて聞くことばかりだ。
「船団の護衛のため、軍船もよく出航していたわね。その日、陸のほうは晴れていたけれど、沖は荒れていたの」
「情勢が物騒だってんでな、輸送船団には軍船が同伴する決まりだった。ああ、そうだ……嵐によって船団が巻き込まれた。事故が起きたのは、カローナ海だったはずだ」
カローナ海。ここからずっと西の海だ。
イセルナーレより遥かに離れた、公海での事故。
もちろんイセルナーレ海軍は救助隊を急行させたが、軍船に乗っていた大半の人間が死亡した。
「幸い、軍船が護衛していた船団は無事だった……軍船だけが沈没したんだ。思い出したぞ、その沈没した船の名前もブラックパール号だ」
「えっ、その名前は……?」
あの船の残骸の解体、それの依頼主がブラックパール船舶株式会社だったはず。
「黒真珠という名前は珍しくはないわよ。富の象徴としてね」
「なるほど……」
沈没の概要について、多くはないが把握できた。
馬車が市街地へと戻ってくる。
「で、問題はだ。アレをどうするかっていうことだが」
「……ルーンの消去ですね。すみません、先走ってしまって」
「気にしないで。むしろ積極性が見れて、わたくしも安心しているわ」
「おうよ。職人ってのはな、腕も大切だが気合いだ。やってやるぜっていう前のめりさがなきゃいけねぇ」
ただ、とそこでグロッサムが言葉を切る。
熱意だけでは仕事が完遂できないことも、グロッサムはよく承知していた。
「難題は難題だ。しっかり体制やら方策を考えねぇとな……」
「そうね、契約書も結ばなきゃだし……それも後日、話しましょ」
具体的な解体作業に入るには数日はかかるという。
大きな案件だと書類も入り組むようだ。
ということで今日の業務は終了である。
自宅の近くで馬車から降ろしてもらったエミリア。
ふたりと別れて、エミリアはそのまま家へと帰った。
(セリスとフォード、ルルは大丈夫……だよね?)
「ただいまー……」
すすっと家の鍵を開けて、エミリアは中に入る。
……リビングにはセリスがうつ伏せに倒れていた。
赤い髪に画用紙で作られた剣が刺さっている。
「ぐえー」
セリスは情けない声を出していた。
そんな倒れたセリスのそばにフォードとルルがいる。
ふたりの頭の上には、これまた画用紙で作られた冠があった。
「……これが僕の選択だ。仕方がなかったんだ」
「きゅーい……」
憂いを帯びたフォードの言葉とルルの鳴き声。
「えっと……」
一体、どういう状況なのだろうか。
そこでエミリアははっとする。
フォードのセリフは絵本『銛の勇者ヘルスドットの冒険』からの引用だ。
だとすると、答えはひとつ。
これはごっこ遊びをしているのだ。
きゅーい…… (・Θ・ っ )つ三
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