51.イヴァン・ロンダート男爵
言われてみればその通りであった。
解体するにしても当然、それをするのは港である。
ということでエミリア、フローラ、グロッサムは工房を出て港へ向かう。
馬車が用意されて来るまでの間、グロッサムが太陽を見上げてうめいた。
「なんてぇ日差しだ。今年も暑くなるな」
「グロッサムさんは夏が苦手なのですか?」
「暑いのは炉の火だけで充分さ」
ギルドの用意された馬車に乗り、港へ。
風景の見え方からすると西へ向かっているようだ。
揺られながらフローラがエミリアに微笑みかける。
「エミリアさんは港へは行ってみた?」
「いいえ……市街地ばかりで、港へは行ってないですね」
「西の港は漁業組合や船舶会社のもんだからな、俺たちも仕事でないと行かない」
イセルナーレのガイドブックにも西の港のことはほとんど載っていなかった。
どうやらそれは住人や観光客向けではないかららしい。
グロッサムが目を細め、窓の外を見る。
「眺めはいいがな。東のほうはごちゃごちゃしてる。西のほうが眺めは好きだ」
ギルドの馬車は迷いなく王都を駆け抜け、やがて住居エリアを通り過ぎる。
簡素で飾り気のない建屋が並ぶエリアだ。
(事務所や倉庫みたいな感じね……)
屋根の色が派手な建屋はあるが、住居エリアに比べると少ない。
広い道をすーっと馬車が通っていく。
乗っていたのは15分くらいだろうか。
やがて馬車が停止して、エミリアは馬車から降りた。
「うわっ……!」
目の前にあるのは、大小様々な島と船舶。
そして空に突き立つ灯台であった。
深緑の木と茂みに覆われた小島が海にぽつりぽつりと見える。
遠くには岩肌を剥き出した大きな島が浮かび、色の対比が素晴らしい。
複雑で飽きのこない海の間を船が行き来する。
西のほうがいい、と言ったグロッサムの気持ちがよくわかる。
「さて、依頼のあった船はどこかしらね」
フローラに連れられ、港を歩いていく。
なんとなくだが、がっしりとした筋骨の人が多い。
このエリアにいる人に握手されたら、手の骨が比喩ではなく折れそうだとエミリアは思ってしまった。
港を歩いているうちに、黒と銀のコートを着た紳士がすっと近寄ってくる。
それだけでも優雅さが出ていた。
「フローラ様、さっそくお越しいただけるとは」
「これはイヴァン様、こんなところでお会いできるなんて」
紳士の年齢は20代後半だろうか。
オールバックにまとめられた金髪、すっと線を引かれた眉毛……。
甘い笑みをたたえた美貌、それに身につけているものの品格。
職人のようには見えず、貴族かやり手の商人のように思えた。
「紹介するわ。今回の依頼主であるブラックパール船舶株式会社の専務、イヴァン・ロンダート男爵よ」
「ははっ、男爵は商才で買ったもので……イヴァンとお呼びください」
イヴァンがすっとエミリアに手を差し出す。
エミリアは慌ててイヴァンへと握手した。
「エミリア・セリドです。お初にお目にかかります。……イセルナーレ魔術ギルドの所属魔術師です」
どう名乗ったものか一瞬迷ったが、公爵家の名前を出すのは憚られた。
実家にしてもオルドン公爵にしても、である。
細顔に似合わず、イヴァンの手はがっしりとしていた。
「ウォリス人で初めて、イセルナーレ魔術ギルドの所属試験に合格された方ですね。お噂はかねがね……このような方と知り合えて、私は幸運です」
「いえいえ、そんな私なんて」
「いずれ、じっくりとウォリスと精霊魔術のことを教えてください」
かなりの口達者だ。ぐいぐい来る。
「相変わらずの口のうまさだな」
グロッサムがふんと鼻を鳴らす。
イヴァンがエミリアとの握手を解き、グロッサムへ手を差し出す。
「グロッサムさんもお久し振りです。まだまだお元気そうでなにより。あなたの技術はイセルナーレの宝ですからね」
「持ち上げたって何も出ねぇぞ」
言いながら、グロッサムも手を前に出してイヴァンと握手を交わした。
(ふむ……フローラさんやグロッサムさんとは何回か仕事をしたことがあるのかな?)
この王都で一緒に魔術関連の仕事をしているなら、不思議はない。
軽やかな笑みを浮かべたイヴァンがさっと身を翻す。
「さて、挨拶はこれぐらいにして……依頼に出した船を確認されたいのでしょう?」
「概要だけじゃわからないことが多すぎるわ。一度、見たほうが確実だと思って」
「でしょうね。ご案内させていただきます」
イヴァンを先頭に、一行は海へと近づいていく。
イヴァンの話を聞きながら、エミリアの目は海を見ていた。
そこでふと一瞬――魔力の拍動をエミリアは感じ取った。
精霊ではない。魔術師の魔力だ。
数十メートル先、倉庫の角から放たれていた。
……もう魔力は抑え込まれて痕跡もない。
気づいたのはエミリアだけのようだった。
さらにエミリアには、この魔力の主に覚えがあった。
(……これは、まさかロダンの魔力?)
間違いない、彼がほんの一瞬だけ魔力の隠匿をやめたのだ。
普通、そんなことは起こらない。
何かよほど、彼の余裕をなくすような出来事がない限りは。
(どういうこと……?)
疑問に思うが、イヴァンの案内から離れるわけにはいかない。
そのまま彼についていくと――埠頭にロダンの姿が見えた。
港にある何かを見つめている……。
ロダンの深い青の瞳。
見る者を魅了し、あるいは恐怖させる眼。
なぜだか知らないが、ロダンのその瞳がかつてなく悲しみに沈んでいた。
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