50.新しい依頼
「はいっ、どうぞお任せください!」
セリスがはにかみながら頷く。
……儚げな外見よりも、かなりしっかりしているかもしれない。
一応、この件をフォードに聞いてみると、彼は神妙な顔つきになった。
「セリスお姉ちゃんは大変だもんね……」
「きゅうー……」
4歳児にセリスは同情されていた。
ま、まぁ……嫌われているわけではない。
フォードとルルについて、エミリアは引継ぎをして後を任せる。
これで心置きなく魔術ギルドへ行ける――と、エミリアは大事なことを思い出した。
これだけはお願いしておかないと。
玄関前にこそっとセリスを呼び寄せ、そっと伝える。
「私がいない間、部屋の中でルルをお散歩させてくれないかしら」
フォードとルルを預けたエミリアは家を出て魔術ギルドへ向かう。
8月に入り、熱気はますます盛んだ。
街中では半裸、水着の人間もちらほら見る。
ウォリスでは考えられないが、イセルナーレの王都ではありうることなのだ。
半裸の若者が屋台を開き、客を呼び込む。
「焼きイカ串、焼きイカ串だよー」
香ばしいチーズと魚醤の香り。
強烈な誘惑を感じるが、自制する。
魔術ギルドに到着すると、フローラからセリスの話をされた。
猫科を思わせる上機嫌な笑みを見るに、セリスはフローラの期待にきちんと応えていたようだ。
「セリスさん、とても優秀ね。期待できるわ」
「そうですか……安心しました」
「筆記とルーン魔術の刻印が特に優秀ね。消去は刻印ほどではなさそうだったけれど……でも年齢を考えれば充分ではあるわ」
性格的にセリスは結構激しやすい、かもしれない。
人前で叫んだり、泣いたり。感情表現が豊かだ。
だとするとルーンの消去はそこまで、ということはある。
もっとも、年齢的に考えれば天才なのは疑いようがないだろうが。
「あとは大丈夫そうでしたか?」
「そうね、昨日のことを思えば気丈に振る舞ってるわ。ぱっと見は心配なさそうだけど、どうかしら」
エミリアはフローラにさきほど、セリスが来た話をした。
フォードとルルを預かってもらっているということもセットで。
フローラがふわっと髪をかき上げ、瞳の力を和らげる。
「一人でいるよりは、そのほうがいいかもね。色々と考え込むのは良くない」
「……ですよね」
とりあえずは様子見である。
そして工房に向かいながら、エミリアは仕事の話を振った。
ルーン消去の大型依頼、どんなものなのだろう。
「……依頼は船なの」
「船、ですか?」
フローラが申し訳なさそうに目を伏せる。
「40年前に製造された船ね。元は軍船だったようで、ルーンもかなり強固なのよ」
鉄道だけでなく、この世界の船にもルーンは使われている。
ただ、海の魔力濃度は大気よりもずっと濃い。
そのためルーンの劣化が陸よりも早く、使われるケースは多くない。
軍船だったのなら納得だが……。
「だとするとかなりの大作業になりそうですね」
「ええ、とりあえず民間企業のほうで出来る限りは解体してから、という話ではあるけれど……かなりの高難度作業ね」
工房に到着すると、相変わらず職人が忙しそうにしていた。
大口の剣にルーンを入れる作業がそこかしこで行われている。
エミリアの姿を認めると、グロッサムが作業の手を止めて顔を上げた。
白髭のいかめしい顔には働く人を安心させる力がある。
「おう、来たか」
「……ルーンの刻印をしていたのでは?」
エミリアが軽く覗き込む。
切断のルーンを刻む作業が思い切り半端であるような。
ルーンを刻む場合、一気にやり遂げるのが普通だ。
手を止めて再開するなんて、エミリアには無理だった。
グロッサムが額の汗を手拭いで落とす。
「心配するな。俺くらいになると、どこからでもちゃんとできる」
「さすがです、グロッサムさん」
エミリアには到底できないやり方をしれっと言う。
「それよりもよ、話を聞いたか?」
「今、その話をしていたところよ――船だってね」
「軍船だっていうなら、きっととんでもねぇ代物だ。……どんだけ強いルーンを消さないといけないんだ?」
「そこがまだ不明確みたい。当然、最小限になるよう依頼主が取り計らうでしょうけど」
フローラがちらりとエミリアを見る。
心なしか、声が少し小さくなっていた。
「依頼主は船会社なの。船会社は船会社でルーン魔術師を抱えているはずだけどね。多分、手に負えないからこちらに回してきたのよ」
「ウチは腕は確かだが、安くねぇからな」
グロッサムがいくぶんか、胸を張る。
自前でルーン魔術師を抱えているなら、そちらでやったほうがいい。
イセルナーレ魔術ギルドはこの国で最高峰だ。
仕事の水準が高いということは報酬も取るということでもある。
だが、そこに構っていられない依頼なのかもしれない。
「ま、俺たちでもモノを見てみないとな」
「そうですね、まずは現物を見ないと」
「やってくれるのね?」
フローラの確認にエミリアはしっかりと頷く。
仕事から逃げるという選択肢はエミリアにはない。
「もちろんです……!」
「良かった、助かるわ。じゃあ、早速行きましょう」
ん? 行きましょう……?
工房で仕事をするんじゃないのだろうか。
「……どこかへ行くのですか?」
エミリアが疑問を呈すと、フローラとグロッサムが顔を見合わせる。
ややあって、グロッサムが口を開いた。
「そりゃあ港だよ。船なんだから、工房には入らねぇよな」
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







