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5.旧友のロダン

 深い海を思わせる怜悧な瞳。

 ロダンの美しい眼がエミリアの顔を見つめる。


 ロダンは普段とてもクールで無表情だ。

 その完璧な顔に一瞬だけ、驚きの色が走った。


(目が合った……っ)


 留学生時代でさえ、何度も見たことのない顔だった。


 彼と話すつもりはなかった。

 今のエミリアは夫に離縁されて他国へ移り住もうとする、ひとりの民間人に過ぎない。


 それに比べてロダンのカーリック伯爵家はイセルナーレ王国の王家よりも古い、名門貴族だ。

 その忠義心と才覚から建国王が手放さず、破格の特権でもって王都を守護する伯爵にとどめおいたという。


 今も……こうして王都近くの精霊の事件に出動して、陣頭指揮を()っている。

 エミリアと話す時間などあるわけがない。


 それに今のエミリアと話して、得るものがロダンにあるだろうか?


 さっと視線を外したエミリア。

 それをロダンは見逃さなかった。隣にいる若い副官、テリーに低い声で言い放つ。


「テリー、俺はこれから休暇を取る。後は任せた」

「はっ!? ええっ! 突然、何です!?」

「休暇の理由は答えなくていいと騎士団規則にある」

「そ、それはまぁ……団長の休暇は死ぬほど余っているでしょうが」

「それを今、ここで使う」


 ロダンはそれだけ言うと、足早にエミリアのほうへ向かってきた。

 エミリアは思わず顔をそむけてしまう。

 

(……来ないで)


 心が暴れ、潮風が苦く感じる。


 ロダンには自分と違って仕事があって忙しい、というのは単なる言い訳だった。


 本当は知られたくないのだ。住む場所もない自分の身の上を。

 さっきの驚きの表情の真の意味を知りたくもない。


 かつての学友に自分の境遇を知られることほど、胸が張り裂けそうになることはないのだから。


 エミリアは逃げ出したかったが、フォードが楽しそうに精霊ペンギンの後ろ姿を見送っている。

 さすがに息子の腕を引っ張ってまで動くことはエミリアにはできなかった。


(お願い、気づかないで)


 エミリアの願いは虚しくロダンが悠然と歩いてくる。

 彼の威厳と美貌の前に、自然と人波が割れていく。


 彼はなんと自分に言うだろうか。


 ロダンはエミリアとフォードの元に来ると、驚くべきことに屈んだ。


「……失礼」

「えっ? お兄さん、僕?」


 ロダンは迷うことなく、フォードに優しく声をかけていた。

 凍てつく顔を和らげて包み込むような、しっとりと安心できる響きだ。


 意識を引き戻されたフォードが驚き、ロダンを見てあんぐりと口を開ける。


「うわ、かっこいいー……」

「君はフォード君か。合ってるかな?」

「うん! お兄さん、僕のことを知っているの?」

「人づてに聞いたよ。とても本好きだって」

「そうだよ、本が大好き!」


 フォードが警戒心を解く。

 自分をちゃんと知っていると認識したのだ。


 その上で、ロダンがゆっくりと顔を持ち上げる。


「……エミリア、久し振り」


 氷の美貌を研ぎ澄ませた彼からは想像もできないほど、郷愁に満ちていた。

 その一言でエミリアの胸から想いがこぼれそうになる。


(そうだ、私は――きっと私は)


 その先は言葉にできなかったし、今でさえ言葉にするべきではない。

 でも、彼は冷徹なようで情の厚い人だった。


 エミリアはゆっくりと目を開いて、噛みしめながら言葉を発する。


「お久し振りです、ロダン」


 フォードが黙ってエミリアを見上げる。

 その沈黙がエミリアを冷静にさせた。


「ずいぶんと瘦せたね。一瞬、君なのかと疑ってしまった」

「そう、でしたか?」


 思ってもみなかった言葉にエミリアが目をぱちくりさせる。


 確かに食事量は出産してから減った。

 でも学院時代は乗馬、護身術等の授業があったわけで……。


「お母さん、気づいてなかったの? 最近、全然食べてないよ」

「……え?」

「手だってすっごく細くて冷たい……」


 フォードが握っている母の手を軽く持ち上げた。


(これが私の手……?)


 青白く血管の浮き出た不健康そうな手。

 息子に言われてまじまじと見つめると、自分の手なのかと疑ってしまう。


『お母さんって細いよね』


 今朝、オルドン家を出る時にフォードもそう言っていた。

 それに気づかなかったのはエミリアのほうだった。


「もしよければ、イセルナーレの王都を案内しよう。もちろん、極上の食事付きで」

「……でも」

「わぁっ! おいしそう! イセルナーレには何があるの!?」

「やはり名産は魚だ。貝も食べる」

「へぇー! ウォリスだと野菜ばっかりだよ」


 ウォリスには海がないので魚は貴重だ。

 それに元夫の屋敷では……肉が少なかった。

 フォードは今、育ち盛りなのに。


(……もしかすると、これも嫌がらせ?)


 いや、考えるのは止めよう。

 エミリアは思考を息子に向ける。


 フォードのことを考えれば、早くこのイセルナーレに慣れるべきだ。

 だとするとロダンの申し出をエミリアの感情で断るのは愚かに思えた。


 ごくりと息を吸って、エミリアが頭を下げる。


「では、少しだけ。お世話になります」

「学院時代、君に世話になったことに比べればなんてことはない」


 ロダンがふっと微笑んだ。

 昔は読めなかったであろう、彼の想い。


 しかし今は、蒼海の瞳から彼の感情がしっかりと読み取れた。


『もっと俺を頼って欲しい』

これにて第1章終了です!

お読みいただき、ありがとうございました!!


もしここまでで「面白かった!」と思ってくれた方は、どうかポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けないでしょうか……!


皆様の応援は今後の更新の励みになります!!!

何卒、よろしくお願いいたします!

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