43.宣告
黒と紺の服を身にまとったエミリア。
悠々と広間を進む姿に、怯えや遠慮はない。
むしろ離婚前とあまりに変化したエミリアにオルドン公爵のほうが気圧される。
だが、後ろにじりっと下がりながらもオルドン公爵はなんとかシャレスに吠えた。
「これはどういうことだ? どうしてエミリアがここに!?」
「……どうして、とは? エミリア殿をイセルナーレへ派遣したのは、オルドン公爵ではございませんか?」
「は……?」
意味がわからない。
シャレスは何を言っているのだ。
「そんなわけがあるか! 私がこ、この女を貴国へ送るわけがなかろう!」
「はて? そんなはずは……」
シャレスはオルドン公爵の困惑を無視したまま、ロダンへ静かに問いかける。
「ロダン、私は間違っているかね?」
「いいえ……私もその通りに記憶しております」
「な、なにを? お前たち、おかしくなったのか?」
ふたりがあまりにも冷静に会話するので、オルドン公爵の頭は爆発しそうだった。
エミリアも口を挟まない。
すべてがおかしい。何か悪い劇が演じられているかのようだった。
オルドン公爵の言葉を無視し、シャレスが促す。
「ロダン、オルドン公爵の御病気はやはり重いようだ。復唱しなさい」
ロダンは何度も練習した口上を、流暢に読み上げた。
「数週間前、我らイセルナーレはエミリア殿の訪問を受けました。用件は夫であるオルドン公爵が死病に侵されていて――どうにか助けてくれないか、と」
「ウォリスでは治る見込みがない死病。だが、ルーン魔術なら治せるかもと……単身、決死の想いでイセルナーレを訪れたエミリア殿の勇気は称賛に値する」
「いかにも。イセルナーレは検討の末、諸々の事情を鑑みてオルドン公爵を責任を持ってお預かりすることを決定いたしました」
「うむ、それがイセルナーレの正義であるゆえ」
その言葉の意味を咀嚼して、オルドン公爵が目を泳がせる。
なんとか絞り出せたのは、間抜けな否定文だけだった。
「なにを……? そんなわけがない、俺は健康だぞ!」
しかし、どういう返答が来るのかロダンは予想している。
これも予測の範囲内――しれっとロダンは言い放った。
「どうやらあまりの重病で、精神が少々錯乱しておられる御様子」
「エミリア殿の仰る通りであったな。実に痛ましい」
「早急にしかるべき施設へお送りしなければ、命にかかわるでしょう」
ロダンが軽く腕を上げると、屈強な衛兵がオルドン公爵を取り囲む。
「お、お前ら……俺をどうする気だ!? こんなことをして、タダではすまんぞ!」
シャレスが懐から一枚の書状を取り出す。
それは先日、シャレスがウォリス国王と面会して引き出した書状であった。
「ウォリス国王より、本件について。すでに見解を得ております」
「……!」
「オルドン公爵が不治の病であるとのこと、誠に痛恨の至り。イセルナーレで無期限の療養生活を望むとのオルドン公爵の願いをここに許す。また、イセルナーレの友愛と慈悲により、無期限の療養生活を認めるとの申し出に厚く御礼申し上げる」
「はぁっ、あっ、そ、そんな馬鹿な!」
衛兵がオルドン公爵の脇を掴む。
これはつまり、もう詰んでいるということなのだ。
オルドン公爵は不治の病に侵され、療養生活に入る。
そして治療という名目でイセルナーレに監禁する。
これがロダンの用意した筋書きであった。
イセルナーレの怒りを知ったウォリスは、この提案を受け入れた。
自国の面子を保ちながら、事を収束させるにはこれしかなかったのだ。
「なお、オルドン公爵家の家督については別途決定とする。また、不治の病に侵されたオルドン公爵を支えたエミリア夫人に最大限の敬意を表し、療養生活への移行をもって相応の財産を分与すること」
「嘘だ! こんな、こんなことー!!」
オルドン公爵がわめき、エミリアを睨む。
「貴様が! 貴様がこんな計画を画策したのか!」
「――いいえ、あなた。私は何も。ただ、私は私に何があったか申し上げただけです」
エミリアの怒りを含んだ、静かな言葉。
「私をここに送ったのは、そのきっかけを作ったのはあなたのほうですよね?」
「……くっ、うぅ……」
オルドン公爵の額が汗まみれになる。
いまさらながら、彼は自分のしたことの重みを感じ始めていた。
その様子をセリスは呆然と見つめる。
「…………」
だが、なんとか理解はできていた。
どうやらオルドン公爵はイセルナーレの逆鱗にどこかで触れていたらしい。
その結末と応報が、今なのだ。
イセルナーレに留学していたセリスは、この国の厳格さと冷酷さを知っている。
自由の裏には責任が伴う。
そしてイセルナーレはいかなることがあっても、責任を取らせるのだ。
エミリアはセリスへと頭を下げた。
それが礼儀だと思ったからだ。
「ごめんなさい、セリス。オルドン公爵との婚約をこんな風にしてしまって」
「……あなたがオルドン公爵の夫人であったエミリアさん、なんですよね?」
「そうよ、あなたとは何度か会ったことがあるわね」
「覚えております」
セリスもエミリアのことは知っている。
ウォリスでも最高峰の精霊魔術師。オルドン公爵の犠牲者。
でも前に会った時とはまるで印象が違った。
今のエミリアは輝いて自立している。
嫌悪感を抱いたまま、流されるしかなかったセリスよりも。
オルドン公爵がいまさら、セリスの存在に目をとめる。
もはや味方になりうるのは、彼女だけだった。
「そ、そうだ! セリス、お前もこんなことは困るだろう! 俺がいなくなったら……お前の立場もなくなるっ! デレンバーグ大公がなんと仰られるか!」
それは真実であった。
オルドン公爵を制裁すれば、セリスはどうなるのか。
そこがこの計画の唯一の懸念。
エミリアはセリスに手を差し伸べようと、一歩前に出る。
「……セリス、あなたには――」
そのセリスがエミリアの言葉をすっと遮る。
「わかっています。ここが運命の分岐点だって……彼と一緒に破滅するか、抜け出すか」
セリスの精神はすでに限界を迎えていた。
でもはっきりしていることがひとつある。
それはずっと、思っていたことだ。
オルドン公爵は自身のしたことを顧みず、セリスへと懇願する。
「セリス、止めろ! こんなことを許すな!」
「黙れ!!」
「なっ……えっ?」
オルドン公爵を尻目に、セリスは叫んでいた。
「私は、あんたなんかと結婚なんてしない! したくない! 助けたくない!」
エミリアはセリスの思わぬ叫びにちょっと目が点になる。
だが、一瞬の後にわかる気がした。
彼女も限界だったのだ。
(……私ももっと若かったら、叫んでいたかも)
セリスの抑圧されていた想いが弾け飛ぶ。
彼女は構わず、全部をぶちまけた。
「全部、あんたの責任じゃないか! 妻を追い出して、イセルナーレを怒らせて……国王陛下にも見捨てられた! 全部、あんたの自業自得だ! それを、私がどうしろって!? もう終わりなんだよ!」
それはセリスからの絶縁宣言であった。
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