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4.精霊

 先頭車両から列車の外へ。

 塩気のある風が吹く。


 線路のある野原には100人以上が出てきていた。

 遠巻きに線路の先を見ようとしている。


「たくさんの人が見にきてるね」

「ええ、前に行かないと……手を離さないでね」

「うんっ!」


 フォードと手を繋いで、集団の前へ。

 幸い、ぎゅうぎゅう詰めではなかったのですぐに進むことができた。


 どんな精霊なのだろうか……と思って、ふたりで覗く。


「きゅー」


 列車の先、線路上にいたのは巨大コウテイペンギンの精霊だった。

 その巨体は小型自動車ほどにもなっており、腹ばいで線路上に寝転んでいる。

 

「わぁー! あれ、ペンギンだ! ペンギンの精霊だよね!」

「そうよ、フォード。よく知ってるわね!」

「うん! 動物の本で見たよ。ウォリスにはいないってあったけど……ここにはいるんだね!」


 ウォリス王国は海がない、内陸の国だ。

 精霊はその土地に根差すものにしか姿をとれない。

 なのでペンギンもいない。ペンギンの精霊もいない。


 対してイセルナーレ王国は海の国なので……ペンギンの精霊もいる。

 しかしペンギンの精霊を見たのはエミリアも初めてであった。


「きゅるるー」


 精霊ペンギンがぐりぐりと線路に身体を擦りつける。

 ……線路の鉄の感触がいいのだろうか。


 精霊の行動は元になっている動物に左右される。

 ペンギンもああなのかなとエミリアは思うが、そこまでの知識はなかった。


「あの場所がお気に入りなのかしら」

「かわいい~、でもあれだと……列車は動けないね」


 精霊ペンギンの巨体の裏側に黒服の方々が見えた。

 銀の刺繍と良質の布生地、勲章……。腰に長剣を携えている。

 

(確か、あれがイセルナーレ王国の騎士だったような……)


 何人かで集まり、話し合っているようだ。

 精霊ペンギンをどけようとしているのだろう。


 そこで、一瞬――騎士の中に見覚えのある顔を見つける。


「……もう少し人手がいないと無理そうだが」

 

 こんなところで会うなんて、とエミリアは思った。

 彼のことは忘れようと思っても忘れられない。

 

 夏の日差しを受けて輝く銀髪、氷のように透き通った肌、清涼な雪解け水を想起させる深い青の瞳――。

 人を寄せつけない、しかし絶世の美貌。


 前世も含めてエミリアの知る中でもっとも美しい男。

 イセルナーレ王国伯爵、ロダン・カーリックだ。


 懐かしさと嬉しさが瞬時にエミリアの胸へと押し寄せる。


(……元気そうでよかった)


 貴族学院の留学生として、ロダンは2年ほどウォリス王国に来ていた。

 その際にロダンの世話をしたのが学年首席のエミリアであったのだ。


 エミリアはロダンと非常に親しかった。――周囲が誤解するほどに。


 だがすでに在学中からオルドン公爵へ嫁ぐことが決まっていたエミリアに、ロダンとどうこうなる余地があるはずもなく。

 結婚後はオルドン公爵の束縛もあり、すっかり没交渉になっていた。


 そんな彼とここで顔を見つけるだなんて。

 しかも離縁を申し渡された翌日に。


『エミリアに何かあったら、俺が助ける。君は大切な友人だ』


 それはいつだったか。

 ロダンがエミリアに送ってくれた言葉。


(あの頃は全部が――あっ)


 古い記憶に浸った思考は、揺れる腕に引き戻される。

 フォードが、愛しい息子がエミリアの腕を軽く振りながら見上げていた。


「お母さん……?」

「ごめんなさいね。考え事をしちゃった」


 もちろん、そんな言葉にすがるほどエミリアはもう幼くはない。

 今はこの手にあるものだけがエミリアの全てだ。


「とりあえず、精霊様に動いてもらわないと」

「うんっ!」


 エミリアが目を閉じて浅く息を吸って、吐く。

 小さく、大気に魂を溶け込ませるように。


 ウォリス王国の古い教え、精霊魔術の極意を思い出す。

 

『精霊と魔力を風と感じよ』


 息は風と同化し、大気を通して魔力を運ぶ。

 人は身体の奥に眠る魔力を自覚しない。


 吸って、吐いて。

 

『大いなる精霊に語りかけよ。魂の奥底より』


 エミリアにとって精霊魔術は手足を操るようなもの。

 純粋な魔力存在である精霊に意識を集中させる。


 ゆっくりと焦らず。

 言葉にならない小ささで歌う。


「きゅむ?」


 精霊ペンギンが太い首をエミリアに向ける。


『……祈り、願う』

『精霊は操るものあらず』

『……()い、(たてまつ)る』


 心の中でエミリアは語りかける。

 純粋な意識の糸と繋がりが、精霊へと通じる。


 そのまま精霊ペンギンの雄大な黒い瞳を見つめて。

 臆さず、自分の意思を風に乗せる。


 これが精霊魔術だ。

 

『どうか、少しだけ動いてくれませんか』

『……きゅ』


 たむたむと精霊ペンギンが羽を動かす。

 

 やがて精霊ペンギンが海のある西の方角を見つめ、のそのそと線路から這い出していった――腹ばいのまま。


 同時に、列車の乗客から歓声が響く。


「おおっ! 精霊様が動いた!」

「やったわね! これで列車も動くわよ!」


 声を聞きながらエミリアが目を開ける。少し額に汗をかいた。

 小さな声でフォードがエミリアをねぎらう。


「お母さん、お疲れ様。凄かったよ……!」

「私の精霊魔術だって、バレてないわよね?」

「うん……こうして触ってないとわからないと思う。だってお母さんの精霊魔術、とても上手だから」

 

 精霊魔術は自身の魔力を薄く、自然の中に巧妙に広げて行使する。

 そのため他の魔術に比べると発動者がわかりづらい特徴を持つ。


(周りの乗客も私たちを見てないしね、良かった)


 大した利点ではないがこうした場面ではありがたい。


 エミリアが魔術を使って精霊を動かしたと知られたら、絶対注目を集める。

 離縁直後のエミリアとしては、そうした事態は避けたかった。


「きゅっ、きゅう」


 精霊ペンギンが巨体を揺らしながら、上機嫌に西へと進む。


 その行方をエミリアが目で追って――ほんの刹那。

 100人を超える群衆の中で、ロダンの瞳がエミリアを捉えていた。

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