39.処遇
エミリアの発言にイセルナーレの首脳陣が押し黙る。
そう答えるとは思っていなかったようであった。
沈黙の中から口火を切ったのは、この場で最高位のブルースである。
「それは大変立派な精神かと思うが、よろしいのですかな?」
「はい――幸い、私はそこそこの収入を得ています。セリス嬢がこの国で生きる基盤を作るまでは面倒を見れるはずです」
どうして、こんなことを言えたのだろうか。
多分、前世の記憶がそうさせたのだ。
今の私には視野があり、余裕がある。
セリスの魔力は人並外れていた――あの日、結婚前に会った彼女はそうだった。
今のイセルナーレなら職を得るのは可能だろう。
死ぬまで面倒は見れないとしても、数年間なら助けてあげられる。
この国に慣れるまでは……大丈夫だ。
(私だってロダンやフローラさんに助けてもらったんだもの)
セリスとは縁があるわけではない。
でも、あのどうしようもないオルドン公爵を介して繋がってしまった。
助けてあげたい。セリスが望むなら。
エミリアが助けてもらったように。
エミリアの決意を聞いた、シャレスがゆっくりと喋り始める。
その言葉は、これまでの言葉よりはっきり柔らかく聞こえた。
「極めて高潔な精神だ。外務省としてはエミリア殿に賛成の立場です」
「ありがとうございます……っ」
「……セリス殿はイセルナーレへの留学経験があるが、それはウォリスの貴族としての立場。住むとなれば、また別でしょうからな」
(あ、セリスはイセルナーレに来たことがあるの……!?)
知らなかった。
エミリアが学院に在籍していた頃には、なかった制度のような気がする。
だとすると、エミリアよりイセルナーレの滞在日数は多いのでは……。
これでセリスのほうがカニを食べるのが上手だったら、格好つかない。
(ま、まぁ……知っていた振りをしておこう)
顔から火が出そうになるのを必死に抑える。
シャレスの発言にブルースが頷いた。
「法務省も異存はない。外務省も同様であれば、その方向で。正直、俺も心を打たれた。法と正義は時に冷酷に振る舞わなければならないが、慈悲はあるべきだ」
その次に議題となったのは、祝儀の行方だ。
イセルナーレとしては祝儀はすべて取り返すつもりらしい。
だが、今のエミリアに祝儀を渡されても困ってしまう。
売るわけにもいかないし、オルドン公爵家で使われていたモノを使う気にもなれない。
(置く場所もないしね……)
この辺りはロダンとも打ち合わせ済みだ。
ブルースがエミリアに最終確認をする。
「では、イセルナーレからの祝儀は返還されると?」
「はい……今の私には過ぎた物品ばかりです。貴国からの祝儀を頂戴して、このような形になってしまいましたし」
エミリアが金銭を受け取るのは、あくまでオルドン公爵からだ。
一方的な離縁の代償は、彼が払うべきなのだから。
イセルナーレからは受け取れない。
そこまでエミリアは厚顔無恥にはなれなかった。
隣のロダンも微妙に頷いている。
「承知した。エミリア殿に大いなる敬意を。その若さでできる判断ではない」
「いえいえ……」
実際にはエミリアの精神年齢はかなりのモノなのだ。
それはこの場の誰も知らない、エミリアの秘密ではあったが。
「最後にオルドン公爵への処遇について。いくつか物語を組むことになったので、ご確認頂きたく」
ブルースの合図で最後の書類が全員に回ってくる。
この書類だけは色合いも簡素で、紙質も良くない。
まるでここに書いてあることは公的に残さない、そう意思表示しているかのようだった。
「…………」
上から今回、予定されるオルドン公爵への制裁をエミリアは読み進める。
(うわっ……)
エミリアの隣にいるロダンが、ゆっくりと口を開く。
処刑人が罪人に最後に慈悲深く接する――そんな光景をエミリアは思い浮かべた。
「エミリアはウォリス出身のため、どのような結末となるか理解が難しい部分があるかもしれません。立案した私から説明してもよろしいでしょうか」
それは完全な予定調和だった。
ブルースとシャレスが頷き、促す。
「承認する。続けたまえ」
ロダンからの説明を聞きながら、エミリアは頭の中で整理をする。
絶海の孤島にあるモーガン修道院。
許されざる罪を犯したモーガンは島にひきこもり、残りの生涯を島の洞窟にルーンを刻んで過ごしたという。
これは買い漁った本の中、イセルナーレの昔話で読んでいた。
(つまり、死ぬまで幽閉ってことだよね……)
ロダンが選択し、提言した罰は相当に重い。
現代日本の観点からするとこのような結末にはならない。
離婚騒動だけで刑務所に行くことなど、ありえないからだ。
ごくりとエミリアの喉が鳴る。
(やっぱりロダンは怒らせると怖いなー……)
まぁ、しかし――エミリアにはあえて止める気もさらさらなかった。
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