36.会合前の打ち合わせ
エミリアが受け取ったロダンからの書状にはこうあった。
『今度の打ち合わせは宮廷、法務省にて行う。手間をかけさせて申し訳ないが、なるべくひとりで来て欲しい』
この件はロダンからも言われていた。
最終的な打ち合わせでどうしても宮廷に来てもらうことになる、と。
(当然よね……。大きな話になったんですもの)
恐らく、ロダンだけでなくイセルナーレの偉い方々とも会うのだろう。
ロダンはいいとしてもイセルナーレの他の方々がどうなのか、細心の注意が必要だ。
気分を害せば離婚調停自体が終わってしまう。
(気合いを入れなくちゃ……っ!)
会合の当日、エミリアは正装して貴族街に向かう。
新居近くの保育園にフォードを預け、ルルはお留守番である。
ウォリスは夏でも雨が降るがイセルナーレは違うようだ。
エミリアが来てから雨の日はない。今日は曇りだが、雨の気配はなかった。
ロダンとの待ち合わせは貴族街の入り口だ。
待ち合わせ時間の30分前にエミリアは到着したが、そこにはすでにロダンが待っていた。
「来たか。悪いな」
「気にしないで。私のことだから」
「フォード君は?」
「預けてきたから、大丈夫」
貴族街の入り口にロダンの馬車が置かれている。
黒塗り、スレイプニルの高級馬車だ。
ロダンに導かれ、エミリアは馬車へ乗る。
内装も黒を基調に銀の装飾が施され、きらびやかだ。
(……お金がかかってる馬車ね)
個人でこれだけの馬車を用意できる貴族はウォリスにはそういない。
エミリアはふかふかの座席へと座り、向かい側にロダンも座った。
スレイプニルが獰猛な鳴き声を上げ、進み出す。
「今日はさほど時間は取らせない」
「……いえ、必要なことならいつまでもお付き合いしますから」
スレイプニルが一直線に貴族街を進む。
よく訓練されているのか、速度に比べて揺れはほとんどない。
「まずはこの文書を見てくれ」
「拝見するわ」
ロダンが黒革の書類ケースから取り出したのは、先のオルドン公爵からの文書とそれに対するイセルナーレの回答文書だった。
オルドン公爵の再婚。そしてイセルナーレへの来訪希望……。
驚愕の内容を読んでエミリアが目を見開く。
(な、なに……これは……っ!!)
自分の読み間違いを疑い、エミリアは3回も読み直す。
だが、間違いない。ウォリスの公的文書を誤読するはずもなかった。
怒りのあまり、エミリアの声が低くなる。
「……ロダン、これは――」
「深呼吸だ、エミリア」
言われて、エミリアははっとする。今日はロダンの上役と会うのだ。
感情的になっては心証を害する。
素直にエミリアは目を閉じて、深呼吸をする。
ふーっと息を吐き、身体の奥を……思考を追い出していく。
(冷静になれ、エミリア)
数十秒、精霊魔術を使う前段階の精神に自分を持っていく。
……。
呼吸を繰り返し、いくらかエミリアは落ち着いた。
声や表情をコントロールできる程度には。
「ありがとう、ロダン。冷静さを失ったわ」
「いや……謝るのは俺のほうだ。本当に悪かった」
ロダンがエミリアをしっかりと見て、頭を下げる。
「なっ、ロダンは悪くないから!」
「エミリアが怒りを覚えるのは当然だ。だが、この件は直前に伝えるしかなかった……」
「……? どういうこと?」
「実は、オルドン公爵とその一行はもうイセルナーレへ向かっている」
「えっ……そ、そうなの!?」
エミリアが思っていなかったほどの速度だ。
書状の日付からすると半月も経ってない。
「その裏で計画を進めている。イセルナーレの外務大臣も巻き込んでな。万が一にもオルドン公爵側に悟られる危険を避けるため、このタイミングで伝えるしかなかった」
苦渋に満ちたロダンの説明が、エミリアの心に響く。
彼としても本当はもっと、落ち着いて受け止める場で伝えたかったに違いない。
だがそれは、諸々の政治的な計画の中に置かざるを得なかったのだ。
(外務大臣って言ったものね……)
祝儀には譲渡した土地の権利も含まれていた。
その交渉なら外務大臣の職務にもなるだろう。
「大丈夫よ、そうよね……これだけの大きな話だもの。理解しているわ、私の感情よりも離婚調停そのものが大切よ」
「……すまない。助かる」
さらに馬車の中で諸々の話を聞かされ、エミリアは必死に情報を処理していく。
『外務大臣がウォリス国王と直接会談予定』
『オルドン公爵はわざと遠回りさせ、外務大臣と行き違いになるように』
『最終的な裁決はイセルナーレにて』
(そ、そこまでやるんだ……)
……想像の数倍、話が大きいような。
いや、走り出したら止まれない。
それに、こうでもしないとオルドン公爵を引きずり出せないだろう。
これ以外にうまい方法も思いつかないし。
(でも、これほど大きな計画を動かしているのって……)
色々な提案はしても、ロダンでは外務大臣までは動かせないはずだ。
ロダンの上役が動かしているとエミリアは考える。
思ったよりも大物と会うことになるのでは……。
「……ところで、私が今日会う御方はどなたなのかしら?」
エミリアの疑問に、ロダンがしれっと言い放つ。
「外務大臣とその事務方トップスリー、それに法務省顧問とその事務方トップスリーだ」
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