34.基盤ができて
エミリアとフォードは何食わぬ顔でイセルナーレの道を行く。
「……ふぅ」
フォードは大きな麦わら帽子を被っていた。
ちょうど、抱えたバッグの中のルルが隠れるように。
「……きゅ」
夏は本格化しており、帽子をかぶっていたり日傘をする人は珍しくない。
エミリアはフォードのほんの少し前を歩く。
今、歩いているのはギルド区画のすぐ隣であり、魔力の密度が濃い。
相当な集中力で接近をされない限り、ルルの気配に気づかれることはない。
だがギルドが密集している以上、魔術師は当然いる。
例えば今、正面から歩いてくる壮年の男性。
完全に魔術師だ。
エミリアが素早く指示を出す。
「フォード、少し左へ」
「うん……!」
男性の邪魔にならないよう、道の脇によける振り。
本当はルルを隠すためである。
ドキドキしながらすれ違う。充分な距離だ。
この距離なら、エミリア並みの魔力感覚を持っていなければルルを感知できないはず。
「…………」
壮年の魔術師は気づくことなく、通り過ぎる。
(はぁ……大丈夫ね)
「よかったね」
「きゅい」
胸をなでおろしながら、ホテルへの道を進み――実際、歩いた時間は10分もなかった。
長い10分だ。
ホテルでも不審がられることはなく、ルルの輸送作戦が無事成功に終わる。
部屋に到着するとフォードはエミリアと手を合わせた。
「やったね、お母さん……!」
「うん、でもあまり騒いじゃダメよ」
「きゅーい」
「そうだね……ルルもお疲れ様っ!」
フォードがルルの入った買い物袋をベッドの上に置く。
すると、もそもそとルルが袋から這い出てきた。
「きゅい!」
「んふふー……」
フォードが上機嫌にルルを撫でて、愛でる。
天使のような輝く笑顔……。
どことなく、母に向ける笑顔とは違うとエミリアには思えた。
でもそれでいいはずだ。
(私にだけ可愛い笑顔なんて、エゴだからね)
成長すれば自然とそれぞれに見せる顔は違ってくる。
それでいいし、そうあるべきなのだ。
こうして日々は忙しく過ぎていく。
ちなみにルルはかなり人の言葉がわかるようだった。
なのでフォードを子どもお預けサービスに預けた時は、ルルに部屋のお留守番をしてもらう。
まぁ、ホテルの部屋で寝ているだけとも……。
フォードを預けて仕事に出て、新居の家具を見繕う。
銀行に行き、イセルナーレの様々な案内書、ロダンの書類も読んで……。
気がつくと1週間ほどが経っていた。
(我ながら、頑張ったかも……!)
ついにホテルを引き払い、新居に引っ越す。
家具は低めで、フォードにも親しみやすい柔らかな白。
あとは本棚、それにルーンの刻まれたガラスの小さな水槽。
耐久のルーンを付与された水槽にはあふれんばかりの水と――。
「きゅーい!」
ルルがご満悦で水槽に入っていた。
水槽はそう大きなものではない。横幅45センチ、深さは15センチほど。
正直、小型の魚を飼うのさえ怪しいサイズだ。
公式の用途は『明日食べる海鮮類の保存用』なので無理からぬところだが。
「ルル、嬉しそうだね~」
「やっぱりペンギンには水よね」
「……きゅい!」
ルルが頭を下げる。
器用な動きで水槽の外に水が飛ばない。
この水槽はルーンで補強してあるので、生半可な力で壊すのは不可能だ。
実は新居にある家具で一番高価ではあるが……ルルの為。
「きゅーきゅー」
「うんうん、お水は気持ちいいよね?」
「きゅっきゅい!」
「ふふっ……ルルが喜んでくれて嬉しいわ」
エミリアは全然後悔してなかった。
ルルはめちゃくちゃ可愛いし、フォードの気持ちも明確に上向いている。
(……やっぱり私だけじゃ、駄目ね)
精霊であれ、同年代の子どもであれ。
前世の日本だと4歳は幼稚園に入る年齢だ。
家族以外と本格的に長時間、接するようになる。
フォードの対人経験は日本の幼稚園児より少ないだろう。
充分に賢くても、エミリアとしては不安がある。
でもこの調子なら、うまく行く気がする。
新生活の基盤がやっとできたエミリア。
無論、新居の情報はロダンにも共有して――。
新居に引っ越した翌日、エミリアの元にロダンから来訪依頼の書状が届いたのだった。
ぱしゃぱしゃ (・Θ・ っ )つ三
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