324.刻め
自らの肉体にルーンを直接描く技術。生体ルーンの秘術。
キャレシーはこれまでの、ふたりの生体ルーンを見てきた。
ひとりはガネットの熱の拳。
燃えるような熱さを顕現させていた。
もうひとりは――エミリア。
漆黒の鏡のような、ルーンの装具でも見たことがない不可思議な魔術だった。
(私がやれるのは。やるべきなのは)
ガネットの熱のような。
単純明快なルーンだ。
イメージが深化する。
心が解き放たれ、魔力がはためく。
(海と青――)
キャレシーはあまり言わないが、自分の青色の髪色は好きだった。
たまに寝癖を残したまま大学に来るけれど。
青、海のように澄んで、純粋な青。
水ならば、毎日飲んでいる。
知っている。
右の拳に魔力でルーンを描く。
水を生み出すルーンはあるが、とてつもなく魔力の消費が悪い。
一般的ではないが、それは存在した。
あのルーンを。
自分の肉体に顕現させる。
ただ、速度は話にならないほど遅い。
ロダンは……何もしてこない。
キャレシーが何をしようとしているか、理解してないわけがない。
エミリアと親しい間柄なのだから、当然わかるはず。
妨害するつもりなら、たやすいだろう。でもそれはなかった。
(余裕ってことね)
キャレシーは数十秒かけてルーンを描いていく。
魔力が急速に失われ、脱力感が広がる。想像よりも消耗が激しい。
口から荒々しく息を吸って吐いて……足が震える。
(キッツい……! でも……っ! あと、もう少し!)
多分、ルーンを発動させている時間も一瞬が限界だ。
しかし、それでいい。
最後に思い切り――ぶつけてやる。
キャレシーがひときわ強く目を閉じて、魔力を拳に集めた。
本来は感覚だけの魔力が実体化し、形を持つ水と化す。
薄い水の外套が広がり、ロダンへと向かう。
静かに、ロダンが言葉を放つ。
「待った甲斐があった」
ロダンの腕にわずかに力が入る。
跳ねる水の膜が瞬時に凍り、氷の粒子へと変わった。
舞い散る氷が太陽の光を散乱させ、きらめく。
「――っ!」
何をしたのか?
その疑問は瞬時に解けた。
ロダンもまた、氷のルーンを身体に刻んでいたのだ。
キャレシーが水のルーンを発動したすぐ後に、氷のルーンで水を凍らせたのだ。
(すっご……!)
つまりロダンはキャレシーのやろうとしたことを完璧に読み、上回った。
――やりきった。
キャレシーは空へと溶ける氷の粒を見上げながら、へたり込んだ。
同時に拳に刻んだルーンも消える。
やっぱり一瞬が限界だった。
「……ふむ」
ロダンも魔力を止める。
そこでキャレシーはふと、周囲がとても静かなことに気がついた。
「え……あれ?」
騎士団の人たちが、キャレシーを信じられないという顔で見ている。
「あ、あれってもしかして――」
「まさか団長もアレをするなんて……」
ロダンが視線を軽く向けると、騎士たちの話が止まる。
「君はまだ1年生だな。総合力で考えれば、発展途上だ」
「はい……」
ロダンの調子は変わらない。
そういえば調子に乗って生体ルーンまで試してみたけど、これは良かったのだろうか。
考えずにやってしまっていた。
(もしかしたら、マズかった?)
「しかし潜在能力の高さと現状の研鑽度合いは大いに評価できる。師に恵まれた」
「…………」
自分でもそう思う。
エミリアに直接言うのは恥ずかしいけれど。
「君に紹介状は不要だろう」
「えっ……?」
思ってみなかったロダンの言葉に、周囲の学生も驚く。
少なくとも、紹介状をもらえる水準
にはいたのでは――と。
「今のまま勉学に精進すれば、どのような魔術師の道にも進める。心が決まってから、騎士団の門を叩くがいい」
この人は。
どこまで理解したのか。
キャレシーの迷う心まで、見通したのか。
「ありがとうございます……」
キャレシーは言って、頭を下げた。
ふらふらのキャレシーをガネットが連れて戻る。
「さて……」
ロダンがすっと人の輪の一角を見つめる。
ぴったりと視線が合ってしまって。
「……あ」
エミリアは思わず声を出して、固まった。ロダンの透き通る声が響く。
「いいところだ。ちょうど大学の教員が――手本を見せてくれる。君たちも学びを得られるだろう」
『断罪される公爵令嬢』のコミカライズがpixiv様でも連載開始されました!
悪役令嬢がラスボス王妃様の養子になって愛される、大逆転の物語……!
せひともよろしくお願いいたしますー!!
https://comic.pixiv.net/works/12670
何卒よろしくお願いいたしますー!!!







