309.ガンツの過去
「ど、どういうことですか? 50年、精霊魔術を使っていないだなんて……」
「トリスターノから、何か聞いておらんのかぅ」
「いいえ。そのようなことは一切仰られておりません」
ガンツが眉を少し上げた。
「やれやれ。相変わらず律儀なやつじゃ。少し、いいかの?」
「……はい」
試験の用意は、他の補佐の人がしている。
何も手伝わないのは心苦しいエミリアだが、この場の監督者はガンツだ。
彼がそのように決めたのなら、従うしかない。
「わしがウォリス人というのは、覚えておるか」
「もちろん……衝撃的なことでしたから」
前回した話。
ガンツはイセルナーレ魔術大学で精霊魔術の教授職にある。
教授職ともなれば、そのほとんどがイセルナーレ人だ。
まして精霊魔術は国家戦力にも関わる分野である。
だが、ガンツは書類上イセルナーレ人というだけで、その実はウォリス人なのだとか。
ちなみにウォリスの貴族学院でも外国人の教授はいなかった(外国語の科目は例外として)
「わしもそのつもりはなかったんじゃが……イセルナーレに来たのは、留学のためじゃった。イセルナーレの優れたルーン魔術を学んでこいと国に言われての」
「なるほど……」
そのような命令をウォリスから受けるのは、本当に優秀な魔術師だけだろう。
「しかし何の因果か、留学中にわしの本家が政変に巻き込まれ、取り潰されてしもうたのよ」
「…………」
「あとから新聞や伝聞で知ったことがどこまで真実かはわからん。じゃが、これでわしは帰る家を失ってしもうた」
「それで……そのままイセルナーレに?」
「そんなところじゃ。その頃には、ちょうど愛し合う人にも巡り合えた……帰国して破滅の危険をおかすか、留まって祖国を捨てるか。難しかったが、わしはイセルナーレに留まる道を選んだ」
ガンツは寂しげに言って、窓の外を見た。
なんという……。
でも、エミリアにはガンツの選択と苦痛が痛いほどわかった。
なぜならエミリアもまた、ガンツと同じく祖国を捨てた身だからだ。
残る道もあっただろう――フォードとともにあのウォリスに残る道もあった。
でも、そうはしなかった。
ウォリスは道から外れた貴族には冷酷だ。あのままウォリスに残って耐えて、息子が幸せになる予感がしなかった。
だから捨てて、選んだのだ。
「間違いなくウォリス政府はイセルナーレに、わしを引き渡すよう求めたはずじゃ。だが、精霊魔術を習得していたわしは、イセルナーレにとっても相応の価値があったのじゃろうな。いくつかの条件が取り交わされ、わしは助かった」
「それらの条件がイセルナーレ人となること、精霊魔術を使わないことでしょうか……?」
「さよう。教えることは構わんと言われたが、使うなと」
それは――しかし、この世界には契約魔術みたいな言動を縛る特別な方法はない。
いわば本当の約束。
それをガンツは50年も守ってきたのだ。
「……大変でしたでしょうね」
「思うたよりな。しかし、そろそろ潮時じゃ」
ガンツが顔を上げる。
そのシワと白髪の顔には後悔はなく、晴れ晴れとしていた。
「イセルナーレでの生活はとても楽しかった。わしの仕事も、あとひとつだけじゃろうて」
「それは……?」
「精霊魔術の後任教授を探すことじゃ。それなしゆえ、隠居させてもらえんのだからな」
ガンツがふふりと笑い、私の胸がどきりと鳴った。
イセルナーレ魔術大学はイセルナーレ最高峰の学府。
その教授職――それはすさまじいことだ。
「まぁ、無論……すぐに教授にするわけにはいかん。10年か15年ぐらいか、いずれの話じゃよ」
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