30.驕る公爵
オルドン公爵の視点になります。
それから数日後、ウォリス王国――。
背に山脈を抱えた盆地に、オルドン公爵の屋敷は存在する。
夏でもウォリスの気候はさほど暑くはない。
昼間から酒をあおり、オルドン公爵は書類に向き合っていた。
もっとも、彼は実務を担当などしない。それは下々の官僚がやることだ。
オルドン公爵の役目は書類に目を通し、サインすることだけである。
ゆえに酒を飲みながらでも問題はなかった。
「旦那様、よろしゅうございますか?」
「ああ、入れ」
老いた執事が恭しく書状を手に持って現れる。
金の豪華な封筒――イセルナーレよりの書状である。
「イセルナーレ外務省より、先の書状のお返事とのことで」
「ご苦労。思ったよりも早かったな」
「……旦那様、やはり再考いたしませぬか?」
執事が眉を寄せてオルドン公爵に諫言をする。
「エミリア様を離縁されたことをイセルナーレが良く思うはずがございません。さらにこんなわずかな間で、また再婚の報告など……」
「口を慎め」
凄むオルドン公爵に執事が気圧される。
さらに、彼はエメラルドの指輪を執事へこれみよがしに見せつけた。
「ウォリスの貴族はどこも苦境にある。それも時代の流れというもののせいだ。その中でオルドン公爵家がうまくいっているのはなぜだ?」
「……イセルナーレと関係を強化したからでございます」
「だろう? イセルナーレは新興国の癖に面子にこだわる。適当におだてれば、気前よく金を払ってくれる」
これがオルドン公爵、ひいてはウォリスの貴族の考えであった。
歴史的に言えば精霊魔術を極めたウォリスこそ古く尊い血統だ。
イセルナーレはたまたまルーン魔術を見出した、成り上がりに過ぎない。
とうの昔にイセルナーレに国力を逆転され、今では数倍の差があっても意識は容易に変わるものではなかった。
「それに……今度こそオルドン公爵にふさわしい後継ぎが生まれる。男でも女でも才能があれば構わん。イセルナーレを背後につければ……」
ウォリスの貴族はイセルナーレのすべてを見下している。
だが、オルドン公爵はイセルナーレの法と慣習を学んでいた。
オルドン公爵は今、23歳。
彼が貴族学院に入った頃よりイセルナーレの留学生が増えてきていた。
そんな彼らの考えと裕福さをオルドン公爵はよく知っているのである。
(……あいつらを利用すれば、俺はもっと上にいける)
まずはエミリアとの結婚を利用し、イセルナーレの法務官を呼び寄せた。
大国の気前の良さと祝儀は想像以上のモノだった。
だが、失敗もあった。
エミリアとの間に生まれたフォードは魔力が少ない。
エミリアは訓練を積めば問題ないと思っているようだが、それは間違いだ。
実際に精霊魔術がどうのという問題ではない。
ウォリスでのし上がるのに、表面上の魔力は絶対なのだ。
元々、歴史はあっても領地の狭いセリド公爵家。
精霊の祭司が始まりだとかで、エミリアには出世欲も野心もない。
息子も……本ばかり読んで、気に入らない。
(だから切ってやった。そうだ、新しい子に魔力があれば……!)
イセルナーレとの関係を強め、子どもを手土産にウォリスの宮廷に躍り出る。
もしかすれば、王家との婚姻も不可能ではない。
そうなればオルドン公爵はかつてない栄華を迎えることができるだろう。
オルドン公爵は受け取った書状を開き、読む。
そこにはイセルナーレらしい飾り気のない文が並んでいた。
「…………くくくっ!」
普通なら優雅さに欠けると評するところであるが、オルドン公爵は笑みを隠せなかった。
『可能な限り早急にイセルナーレ首脳部の準備を整え、貴殿をお迎えいたします』
「見ろ! イセルナーレは俺の再婚を歓迎してくれるようだぞ!」
オルドン公爵が歯を見せて笑う。
(これでさらに祝儀をせしめ、ウォリスの貴族をあっと言わせてやる……!)
その先にはウォリスの王家さえもある。
オルドン公爵の薄汚い野心はとどまるところを知らない。
そして、その行く先に正義の鉄槌が待っていることも、オルドン公爵は知る由もなかった。
これにて第3章終了です!
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