27.外交文書
エミリアとフォードがカニパーティーに興じようとしていた、同じ頃。
イセルナーレの王宮ではロダンがブルースと折衝をしていた。
議題はエミリアの離婚調停だ。
ロダンの達筆なる字で書かれた文書にブルースは目を通し、感嘆する。
「うむ、草案はこれで結構。非の打ち所がない」
「ありがたき幸せ」
ロダンがブルースに提出したのは、ウォリス国王へ送る書状の草案である。
無論、ただの書状ではない。
内容は詰問状だ。
細心の注意を払わなければいけない文書をロダンはきっちりと仕上げていた。
「これは俺から各部署へ回しておく。……にしても軍務大臣のオーリックが羨ましい。君のような部下がいれば楽ができる」
「王都を守護する、日々の任務をこなしているだけでございます」
「そういうことにしておこう」
ブルースがいくらか身体を楽にし、ロダンへ話題を振った。
「魔術省から雑談交じりで話があったが、イセルナーレ魔術ギルドに新人が入ったそうだ。なんと20歳そこそこで、しかも初の他国人だとか」
どの魔術ギルドであれ、ギルドは新たな所属員を魔術省に報告する義務を負う。
もっともこれは事後の届け出で充分であり、そうしたことに介入することはない。
ブルースは人脈も広く、情報収集を欠かさない人物だ。
この話題が出ることをロダンは予期していた。
「エミリアのことでしょうか」
「そうだ。一瞬、君が口利きしたのかとも思ったが、君はそういうことを嫌がるからな」
「イセルナーレ魔術ギルドの件は、私は何もしていません。事後報告で知ったくらいですから」
「ふむ、ではあのフローラ女史を口説き落としたということか」
イセルナーレ魔術ギルドの構成員について、ロダンはさほど詳しくない。
だがさすがにフローラの名前くらいは知っていた。
「イセルナーレ魔術ギルドの本部支店長でしたか、フローラ殿は」
「ああ、俺とイセルナーレ国立魔術大学の首席争いをしていた」
ブルースの眼鏡の奥の瞳に懐かしさがにじんでいる。
「辣腕を振るった彼女は人の良い才能も悪い才能も見抜く。彼女に認められたなら、本物だ」
「エミリアなら、そうでしょう。ウォリスでも首席でしたから」
「そうだったな……しかし、そんな人物を放り出したのか」
その口調にロダンはわずかな違和感を抱いた。
何かがブルースの喉に引っかかっているようだ。
「……何かご懸念が?」
「懸念というわけではない。なぜそんなに急いだのか、恐らく理由があるのだろうと思ってな」
ブルースは書類仕事だけではなく、遠く離れた人の機微を読むのにも長けている。
政治家として、天性のモノを持っているとでも形容しようか。
それはロダンが持ち合わせない能力だった。
「殿下、お考えがあるのでしたらご説明頂けると助かります」
「今朝のことだが、外務省に連絡が届いた。連絡元はウォリスからだ」
ブルースがフォルダーから一枚の書類を取り出す。
複写、と判のされた外務省の公文書だった。
書類を持つブルースが不愉快さを隠さず、目を細める。
「これがその要約だ」
「拝見いたします」
書類を受け取ったロダンが目を落とし、書類を読み始める。
『ウォリス王国の外務省より。
オルドン公爵家が早急にイセルナーレ王国の首脳部との面会を希望とのこと。
主用件は修飾語が多く、即座の確定は困難。
ウォリス王国担当課の見解。
祝福に関する修飾語の多さにより、恐らく婚姻についてと仮定すべき。
シャレス外務大臣の見解。
「誰が結婚するんだ? オルドン公爵か?」
ウォリス王国担当課の見解。
確定は困難ながら、その可能性がなきにしもあらず。
シャレス外務大臣の見解。
「正気か?」
シャレス外務大臣の命により、本外交文書はブルース法務省顧問へ早急に送付することに決定。
シャレス外務大臣より、ブルース法務省顧問へ。
「本外交文書について、殿下の進めておられる離婚調停に関わりある可能性がございます。そのため外務省単独で返答することはせず、殿下のご裁可をお待ちいたします。法と正義の導きがあらんことを」』
末尾にはウォリス王国から送られてきた外交文書の転写が付属していた。
しかし、これは……ロダンが蒼い瞳を揺らす。
外務省の見解は記載されている。誤解の余地はない。
喉の奥からロダンはようやく声を絞り出した。
「……まさか、オルドン公爵は本当に再婚するつもりでしょうか?」
「そうかも知れぬ。さらに図々しくも、それをイセルナーレへまた報告したいそうだ」
「…………」
これほどの怒りを感じることはめったにない。
だが殿下の御前である以上、感情は抑制すべきだ。
しかし身体の奥から沸き上がる、この憤怒。
これをどうすればいいのだろうか。
(もしこれが殿下の仰る通りなら――)
最大限の鉄槌をもって、報いるしかない。
イセルナーレの正義を執行するのみだ。
「さて、これをどうするべきか」
ブルースが首をこきりと鳴らす。
彼がこうした所作をするのは珍しい。
(……殿下も苛立っておられるか)
また状況が動いたのだ。
相手が動くなら、こちらも動く――。
決して後手にはならない。
そのためにするべきことが、ロダンには見えていた。
ロダンは努めて冷静に提案する。
「見方によっては好都合かもしれません」
「ほう? 先手を打つつもりか」
「オルドン公爵が来たいと言うなら、来させればいいかと。こちらはこちらで詰問状を送付します。入れ違いになるように、時間を合わせて」
ロダンの提案にブルースが低く笑う。
その提案はブルースを満足させるものだった。
「なるほど、今の時代なら可能だな。詰問状はシャレス外務大臣に持たせればよかろう」
「ありがたきご配慮に」
「ふむ、鉄道とは本当に便利なものだ」
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