25.鷹の眼
「なにをしてるんだ、アレ」
「えーと……いえ、なんでしょう?」
何かマークしたスプーンを当てるゲームでもしているのだろうか?
イセルナーレの遊びだとしたらエミリアにはわからない。
(フォードはとても楽しそうだけど……)
「うーむ、こっちは終わったし見に行くか」
グロッサムとエミリアはフローラたちのところへ歩いていく。
エミリアはそっと行ったつもりであったが、フォードはぱっと母の気配に気がついた。
にこりとフォードがエミリアとグロッサムに笑いかける。
「あっ、お母さん! お仕事終わったー!?」
「ええ、ここにあったものはね」
台に近づいてみるとフォードが何をしていたのか、エミリアにはすぐわかった。
並べられたスプーンとフォードの持ったスプーン。
フォードの持っているスプーンにだけ、ほんのわずかに魔力がある。
とても弱いルーンが刻まれているのだ。
そのルーンの魔力の弱さは、エミリアの生涯で見たことがないレベルである。
故意にこのルーンを刻んだのだとしたら、米粒に文字を入れるような芸当だ。
(ルーンを刻んだスプーンを当てるゲーム、かな?)
エミリアが思考を巡らせていると、フローラが立ち上がる。
「エミリア! もうレールのルーン消去は終わったのね!」
「ええ、グロッサムさんのおかげでスムーズに作業できましたので」
グロッサムがふんと鼻を鳴らす。
「俺はレールを上げ下げしただけだ。あの癖が強い風のルーンもすぐ慣れて消しちまった……数日かかると思ったんだがな」
「癖が強い……あのレールがでしょうか?」
「身体が飛ばされそうになるような、風のイメージを感じただろう。あれだけの強いイメージの中で消すのは楽じゃない」
ふむむ、エミリアも強風のイメージは受け取っていた。
でもイメージに振り回されるようなことはなかった――と、これがエミリアの特性なのかもしれないと思い当たる。
エミリアの精神のいくらかは、やはり受け身で抑制的である。
そうした思考に陥ることは今でも皆無ではない。
前世の記憶は行動的に作用しているけれど――魔術を使う際は受け身の自分が出る。
そのほうが精霊魔術とルーンの消去には向いていそうではあるが。
(……これは訓練、境遇だからかもだけど)
「そうね、あのルーンの中で自分を保つのは楽じゃないわ。やっぱりルーン魔術の才能があるのよ」
「ま、まぁ……他のルーンはどうかわかりませんけれどね?」
やはり褒められるのは気恥ずかしい。
エミリアがフォードのほうに話題を向ける。
「で、フォードのこのスプーンは……」
「うん! これだけちょっと違うよね?」
話題が変わり、グロッサムもはっとしてスプーンを見つめた。
白い眉毛がぎゅっとなっている。
「……うぬ、そうだが。ようわかったの」
「偶然じゃないわよ。これで5回目なんだから」
フローラが作業台の棚を開ける。
そこには似たような調理用の小物――フォーク、菜箸、ミニカップなどなどが入っていた。
「ううむ、この子は何歳だったか?」
「4歳ですね」
「そうよ、その年齢でこれだけ魔力感覚が発達しているのは凄いこと……!」
おお、やっぱりそうなんだ。
息子を褒められるとエミリアも嬉しくなる。
えへへ、とフォードも天使の笑みを振りまいた。
可愛いやつめ……。
「驚くべきことだな。鷹の眼を持っておる」
「鷹の眼、ですか?」
「そうか、ウォリスに同じような言葉はないか……。鷹は崖から空高く舞い、猛スピードで獲物を狩る――それを可能にする優れた眼を持つからの」
「ルーン魔術師にとって、眼は一番重要よ。結局、ちゃんと刻印できたか消せたか……判別するのは眼だから」
なるほどとエミリアは得心した。
先日、フォードの魔力感覚は凄いのではないかと思ったが……。
それを適切に評する言葉がイセルナーレの鷹の眼なのだ。
「じゃあ、フォードにはルーン魔術師の才能があると?」
「そうね……訓練を積めば、きっと素晴らしいルーン魔術師になれるわ」
「るーんまじゅつし……?」
フローラの言葉にぴんと来ていないフォードが首を傾げる。
「ここで働いている、ルーンを使う人よ」
「へぇー……僕もなれるの?」
「神様は素晴らしい目を与えたようだ。大きくなったらなれるとも」
「じゃあ、早く大きくなりたいな~」
フォードが顔を明るくして、天井を見つめる。
「あら、そんなに早く大きくなりたいの?」
「うん……そうしたら僕が絵本の中のルーンを使って、お母さんを守れるもん」
その言葉にエミリアたちは衝撃を受けた。
4歳が発する言葉にしては、あまりに重い。
「……フォード」
「お母さんも、無理はしないでね?」
フォードの瞳が揺れ動き、エミリアの瞳を捉える。
それだけで全部が伝わってきた。
フォードはフォードで、色々と感じ取っているのだ。
いきなり荷物を持って飛び出した朝。来たこともない国。新しい寝床。
そして様々な場所に行って……。
それが避けられないものだと理解し、受け入れて。
フォードは彼なりに伝えてくれている。
いつもは決して、こんなことは言わない。
でもきっと、この場だからだ。
まだ4歳なのに。
励まして、そばに寄り添っていてくれる。
本当は心配なんてさせたくないのに。
でも、フォードは賢い。
いつでも彼はエミリアを理解している。
エミリアはそんな愛しの息子をそっと抱きしめた。
「ありがとう、私は大丈夫だから」
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