249.貴族の生きる術
「はぁー、はぁー……」
キャレシーはガネットの屋敷で簡素だがドレスをまとい、夜会への準備を進めていた。
「息を切らすな。夜会では肩で息をするという作法はない」
「……こんなに踊る必要あるわけ?」
今日、大学は休講日。
それを朝からぶっ続けで座学とダンスを詰め込んでいるのだ。
タフなはずのキャレシーも大いに疲れている。
「目上からダンスを申し込まれたら、受けるのが第一だ。断ってもいいが、断り方にも様々ある――全部踊ったほうが角が立たない」
「ちっ……」
すらすら答えるガネットにキャレシーが舌打ちする。
悔しいが貴族の礼儀作法ではガネットに到底、かなわない。
不服だが姉を想うとできるだけ頑張るしかなかった。
「……本番では舌打ちなんか間違ってもするなよ」
「するわけないでしょ」
ガネットが疑わしいという目でキャレシーを見る。
その疑いにまた舌打ちしそうになるが、さすがに自制する。
「まぁ、知識を頭に詰め込むのは問題ない。あとは身体動作を叩き込み、芯から生まれ変わればいいだけだ」
「はいはい……」
ガネットは本気になったらヤるタイプだ。
実際、座学の教え方はエミリアほどではないが、上手かった。
(……遠慮もないんだけどね)
ダメならダメと即座にフィードバックがあるのも……今の時間のないキャレシーにはありがたい。
何より、ここまで数十時間も付き合ってくれる根気強さはさすがだった。
「ダンスもメインの曲はほぼ、問題ない。これ以外のマイナー曲がでてきても応用で対処可能だ」
キャレシーも驚いたのだが、宮廷のダンスはモジュール化されている部分がかなりある。
基本の曲でない場合は、ほとんどそうらしい――でないと貴族も踊れないからとか。
「あとはそうだな、実際に踊るか」
「……誰と?」
「俺とだ。それ以外にいるか?」
今のガネットは髪を整え、黒の紳士服を着ている。
様になった格好だが……キャレシーは唇を曲げた。
「はぁ…………」
必要だと理解できるがゆえに、憂鬱だ。
この単純馬鹿は何にも考えない。頭にあるのは効率と勝利だけだ。
今はふもふっもペンギンのルルを見返すためだけに、キャレシーを鍛えている。
(私、ドレスを着て男の人と踊るの初めてなんだけどな)
平民生まれのキャレシーにとって、ドレスを着て踊る機会なんてなかった。
正確には大学の入学式が終わった後に、夜会はあったのだが。
服も化粧にも自信がなかったキャレシーはパスしたのだ。
「……わかった。あんまり激しく動かないでよ。これ、本番用じゃないけど借り物だし」
「ああ、最初は呆れるくらい遅くする」
キャレシーはため息をついて、ガネットの手を握った。
硬くて、でもしなやかだ。
そして熱い。冷え性気味のキャレシーにとってガネットの手はちょっとびっくりするぐらい熱かった。
(……ガネットの体温)
マズい。
いらない意識をしそうになってキャレシーは慌てて口を開く。
「あんたは……女の人とよく踊るわけ?」
おいおい。
自分から言っておいて、馬鹿すぎる話題にうんざりする。
「うむ。母と何度踊ったかな……今も踊らされる。今日も踊った」
「え?」
「大学の同級生に踊りを教えると言ったら、再点検された」
ガネットがゆっくりとステップを刻み始める。
この踊りは冬の王の背中。
それがさらに遅い。ゆらゆら、身体を揺らしているだけのような。
「社交界のアレコレは身に付けば、全部忘れたりはない。それでも再点検と技量の維持はしておかないとな」
「それが……あんたのお母さんと?」
「『人様にふざけたことを教えるな』ということらしい。まぁ、再点検は一発合格だったが。だから心配はいらない」
ガネットの踊りは本当に緩やかで。
だからこそ、ひどくもどかしくもなる。
顔が近付くとなかなか離れない。
いや、それは数秒のはずなのに。
なんだか、すべてがとてつもなく遅く感じる。
嫌がる顔ひとつせず。
何時間付き合っても、ガネットはキャレシーのための教えに心を砕いていた。
口調はいつもと変わらないが。
(でもコイツはコイツで、考えてはいるんだよね)
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