240.キャレシーの想い③
化粧をして、ドレスを着ると気分が変わる。外見の変化は心まで変える――わかってはいるが、キャレシーには苦手な分野だ。
「あとはまぁ、少しずつレッスンしましょうね。夜会は数時間、その間にどう振る舞うかを覚えるだけだから」
そのどう振る舞うか、というのが最大の不安なのだけれど。
キャレシーは率直に不安を吐露する。
「……できるかな?」
「あのペーパーナイフの課題よりは遥かに簡単だと思うけれど」
エミリアが何を言うんだ、という雰囲気を醸し出す。
「マナーなんて暗記よ? あなたが出来ないはずないわ」
「そうかなぁ……」
「……不安?」
エミリアに重ねて聞かれ、そっと頷く。
いつもは虚勢を張るのだが、今回は無理だ。とても張れない。
「姉さんにも頼れないし」
「じゃあ、ガネットに特訓を頼むという手も……」
「はぁ!? えっ……」
「暗記は反復でもあるわ。不安なところは彼と一緒に精度を高めていくとか……」
正論ではある。
ガネットなら多分、礼儀作法も知っているだろう(必要だと思わなければ実践しない男だが)
しかし少し腑に落ちない。
なんだか誘導されている気がする。
「なんで、あいつなんです?」
「……彼とならお互いに遠慮なくできるでしょう?」
エミリアがふふりと微笑む。
キャレシーは楽しそうなエミリアに内心、舌打ちした。
どういう意味で言っているのか。
だが、エミリアの見立ては正しい。
ガネットなら前々からの関係で言い合えるのは間違いない。
何か特訓でしくじれば、ガネットは絶対指摘するだろう。
他の同級生は……キャレシーにそこまで言ってくれない可能性が高い。
勉強の効果としては、薄いかも。
にしても――。
「他意はないんだよね?」
「ないない。これっぽちもない」
本当かなとキャレシーは背にいるエミリアの気配を探る。
「……わかった。まぁ、考える」
「そうね、それがいいわ」
キャレシーのドレスの試着が終わり、代金を聞く。価格は30万ナーレ(日本円にして60万円)だというが、これが妥当なのだろうか。
エミリアはふんふんと頷いており、適切な価格のようではあるが。
(服でこんなに……本当に別世界)
今回に必要な諸々のお金は親戚から集めて賄う。
キャレシーには決して安くはない。
やれやれ……。
キャレシーが元の学生服に着替えると、エミリアはレティシアと話し込んでいた。
「で、ルルのケープはどうかしら?」
「今までにない加工ですが、それゆえに職人もやる気になっています。近々、きちんとした試作が出来上がるかと」
「……ルル? あのペンギン?」
キャレシーが目を細める。
エミリアのペンギン、ルルはガネットとの決闘で鮮烈に大学デビューを果たしていた。
もちろんキャレシーも忘れるわけはない。
(あのふわきゅい生物が……この店で?)
この店はどう考えても高位貴族様の御用達。ペンギン用の服を仕立てる店には見えないが。
「ええ、あの子も夜会に出るの」
「…………そう」
本当に貴族の世界はわからない。
だが、きっと厳粛なルールがあるのだろう。
そう思うことにした。
エミリアが顎に手を当てて、頷く。
「そうそう、あの子は哺乳類に準じた扱いになるから。他にも似たような子がいる可能性はあるから、マナー本の哺乳類の項目は全部覚えておいたほうがいいわ。あそこが基準になるみたいだから」
「ふぅん……わかった」
頭痛が痛い。
まさに今のような状況のことだ。
エミリアのよくわからない教えを聞きながら、キャレシーは店を出た。
(ガネットに助けてもらおう)
そんな決意を心に固めながら。
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