23.初仕事
フローラがエミリアのそばによって、耳打ちする。
「フォード君はわたくしが見ているわね」
「はっ、いいのですか?」
なんという申し出だろう。
フローラならルーンにも詳しいだろうし、安心だ。
「もちろんよ。グロッサムさんをお願いね」
エミリアが頷くとフローラがフォードに優しく呼びかける。
「ルーンって知ってる? ここはルーンを作っているところなの」
「えっ!? あ、そうなんだ! へぇ~、ここでルーンを……へぇー……」
来客経験も豊富なフローラの切り出し方は完璧だった。
フローラに教えられたフォードがうずうずと身体を動かす。
フォードに興味が出てきた証拠だ。
(思ったよりも食いついてる……!)
そういえばイセルナーレで読む絵本の大部分にはルーン魔術が出てきていた。
だからなのかもしれない。
絵本に出てきたものにフォードは強く惹かれる。
そこでエミリアはさっと切り出した。
「フローラさん、フォードにルーンを見せてくださいます?」
「いいの!?」
「わたくしは構わないわよ、見たい?」
「見たいですっ!」
こうしてフローラはフォードを連れて歩き出した。
やはり子どもの扱いがとても慣れている。
(フローラさんは結婚指輪をしていないけれど、この世界なら既婚者でおかしくないしな……)
ウォリスの貴族は20歳までにほぼ全員が結婚する。
イセルナーレではどうなのか、エミリアには知識がなかった。
フォードとフローラが離れて、エミリアは改めてグロッサムに向き直る。
「お待たせいたしました。お仕事の件ですよね?」
「んぉ、ああ……」
グロッサムがさきほど指差した方向へ歩き出す。
なんとなく歯切れが悪い。
「……どうかされましたか?」
「いや、小さな子がもういると思ってな……。ああ、フローラから軽く聞いたんだ。イセルナーレの魔術師なら20歳で子どもがいるのは珍しい」
「なるほど……でも、どうかお気になさらず。仕事に集中いたしますので」
グロッサムの背が少し揺れる。
やはりイセルナーレではもう少し結婚が遅いのか。
文明化している分、初婚年齢が遅くなるのはよくあることだ。
「……強いな。ここだ」
グロッサムと来たのは工房の壁際だった。
そこに一列で金属の棒が20本ほど置かれている。
それぞれの棒の長さは1メートルほどで、太さもエミリアの腕より遥かに太い。
妙な長方形の金属棒だった。
錆びたり傷がついたりして、完全に綺麗な棒がひとつもない。
両端も無造作に焼き切られている。
さらにどの金属棒にもルーンが刻まれているのだが、全部がかなり劣化していた。
(ふむ……? これはかなり使い込んでいるような、にしてもこの金属棒は……)
「ちょっと失礼」
「あ、おい」
エミリアは金属棒の前に屈み、手が汚れるのも構わず金属棒のルーンに触れた。
意識を傾けると――ルーンの響きが聞こえる。
弱って、ひび割れて。
ルーンの響きは非常に弱っている。
だが、エミリアはさらに意識を集中させた。
この金属棒に何を託そうとしたのか。
……刻んだ魔術師の想いが流れ込んでくる。
風だ。かすかに残ったルーンの力が囁いた。
力強い、波を切り裂く風のイメージをエミリアは受け取った。
(この棒、もしかして……)
これほど大量の金属棒、長方形、それに太さ――刻まれたルーン。
エミリアは推測を口に出してみる。
「これって魔導列車のレールでしたか?」
「わかるんかい、さすがだ。そうさ、この棒切れはレールの成れの果てだよ。劣化したレールをぶった切ったんだ」
「ははぁ……ずいぶんたくさんありますね」
「……向こうの倉庫には、この何十倍も置いてある」
「ええっ!? 多すぎませんか?」
レールの残骸だけで倉庫が埋まってしまうような。
エミリアの驚愕にグロッサムが渋い顔で頷く。
「仕方ねぇ、ルーンを刻むより消すのが難しいんだ……。このレールは初期に埋設した奴で、もう30年は経ってやがる。取り替えないといけない」
「ですねぇ……」
「厄介なのは、ルーンが残っていると溶かせないことだ。きちんと消さずに炉に放り込んだら……」
その後のことについては、エミリアも知っている。
不安定な劣化したルーンは魔力の火花を放つ。火花が他の劣化したルーンと相互作用してしまったら、待つのは最悪の結末だ。
「爆発ですね」
「そうだ。はぁ……というわけで、この終わったレールをなんとかしないと、工房も倉庫もあふれちまう。……悪いが、頼めないか?」
エミリアが立ち上がり、ぐっと拳を握る。
仕事だ。お給料だ。
やれることがあるのは、なんと素晴らしいことだろう。
エミリアは勢い良く請け負った。
「お任せくださいっ」
【お願い】
お読みいただき、ありがとうございます!!
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ってくれた方は、
『ブックマーク』やポイントの☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただければ、とても嬉しく思います!
皆様のブックマークと評価はモチベーションと今後の更新の励みになります!!!
何卒、よろしくお願いいたします!







