22.職場出勤
ロダンの屋敷からホテルへ戻ると、フォードが眠そうに目をこする。
お出かけと読書で疲れたのかもしれない。
(あの貴族街は丘の上で結構暑かったしね……)
ウォリスと気温はそう変わらないが、日差しは強い。
自覚しないうちに疲れてしまったのかも。
エミリアがフォードの手を引き、ベッドへと案内する。
「お昼寝する、フォード?」
「うん、するー……」
エミリアは口をもにゅもにゅさせるフォードをベッドへ寝かせる。
フォードは枕に頭を横たえると、すぐ眠りに入った。
(ふぅ……んふふ、可愛い寝顔)
寝入ったのを見届けると、エミリアはテーブルの上に書類を載せた。
フォードのことが終わってもエミリアにはやるべきことがたくさんある。
まずはロダンから渡された書類だ。
その次はイセルナーレ魔術ギルドの書類を読もう。
そろそろギルドにも顔を見せたい。
フローラからも一度、フォードを連れてくるようにも言われている。
(仕事関係でフォードを知っている人は多くても損はないしね……)
そのためにも色々と学んでいかなければ。
頭に入れるべきことは多い。
フォードの寝ている姿をちらりと確認し、エミリアが気合いを入れ直す。
「さて、頑張ろう……!」
翌日、エミリアはフォードを連れてイセルナーレ魔術ギルドへと向かう。
すでに一度通った道なので、迷うことはない。
平日朝だけあって、人や物が多い。
気をつけながらフォードの手を引いていく。
「ここがお母さんの働くところ?」
「そのつもりよ」
「変わった建物が多いかも~」
確かにこの地区は市街地や商店街とは雰囲気が違う。
古風で、黒や茶の目立たない建物もあるからだ。
フォードの目線だとここは新鮮に映るのだろう。
そしてフォードを連れていくのは顔合わせだけではない。
多分、そろそろだとエミリアが思った頃。
ふとフォードが顔を上げてエミリアを見つめる。
「うーん? ちょっと額のところが……ムズムズするかも」
「それは魔力ね。……気になる?」
「んぅ、これって魔力なの?」
「精霊とは違うけれど、これもそうよ」
やはり、とエミリアは思った。
一般的に魔力を感覚として捉えるようになるのは5歳前後とされる。
この区画に漂う魔力は濃密で、精霊ともまた違う……フォードが気になるのも無理はない。
最初、これに違和感を覚える子どもは多い。
しかし、生きていくうえで魔力の感覚と付き合うことは避けられない。
イセルナーレで生きていくのならなおさらだ。
魔力の感覚を養うことは、どの系統であれ魔術師になる過程のひとつである。
(フォードにうまく伝わるといいけれど……)
「あなたの中にも魔力はあるの。そっちに集中すれば、気にならなくなってくるわ。フォードは本を読むの好きでしょう?」
「うん、好き」
「本を読む時みたいに集中するの。そうすればうまくいくわ」
「……! わかった!」
フォードは大きく頷き、ぎゅっと目に力を込める。
この対策法はエミリアが使っていたものだが、どうであろうか。
ふたりはギルドの区画を進む。
フォードは集中しているようだ――イセルナーレ魔術ギルドの前に来たところで、エミリアが彼の顔を覗き込む。
「……どう?」
「うん、気にならなくなってきたかも……!」
フォードの答えにエミリアは安堵の息を漏らす。
最初でこれなら、慣れていけば全然問題なくなるだろう。
(……精霊を見つけた時にも思ったけど、この方面は大丈夫そうね)
ギルドを訪れるとすぐにフローラがやってきた。
どうやら待っていてくれたようだ。
「お世話になります、フローラさん」
「こちらこそ、エミリア。その子がそうね――?」
赤毛を揺らすフローラが屈み、フォードに自己紹介をする。
「はじめまして、フォード君でいいのかな? わたくしはフローラ、よろしくね」
「フローラさん、はじめまして! 僕はフォード、よろしくお願いしますっ!」
ぐっと勢い良く頭を下げるフォード。
それにフローラが微笑む。
「とても礼儀正しい子ね。さぁ、奥へと案内するわ」
フローラを先頭に、エミリアとフォードは工房へ歩いていく。
(おおっ……!!)
工房に到着すると先日とはまるで雰囲気が違った。
熱気にあふれ、ルーンがミスリルに刻まれる音がひっきりなしに響く。
集中しなくても魔力の濃密さがわかる。
例えるなら、太陽に照らされた砂浜だろうか。
フォードは……大丈夫そうだ。不快そうな顔はしていない。
これぞまさに仕事場。
仕事に集中する現場に来て、エミリアの胸も高鳴ってくる。
「んぉ、来たか……!」
グロッサムは工房に入ってきた3人を認めると、のっそりと歩いてきた。
「お世話になります、グロッサムさん」
彼にもフォードを紹介し終えると、やおらグロッサムが白い顎髭を撫でる。
……そのままグロッサムは視線を何やらさまよわせ――。
やがてグロッサムが気まずそうに、エミリアに工房の隅を指差した。
「エミリア、あんたに頼みたい仕事が山ほどあるんだ」
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