218.杯とセリド公爵家
地下大河での体験、そして精霊魔術師との対決で使ったこと――など。
「なるほどな、君の魔力が膨れ上がったのはそれが原因か」
ロダンは腕を組んで、エミリアを見つめていた。
(怒ってる〜……)
モーガンの杯などという得体のしれないモノを使ったのだから、当然か。
しかしそれで助かったのも事実なので、ロダンは言葉を選んでいるようだ。
「……だが、無理をさせたのは俺だ」
「えっ?」
「巨大精霊と真正面から戦うなど、そうそうあるものじゃない。多少の被害は出ようと時間切れを待つべきだった。君に使わせるような状況を招いたのは俺だ」
「い、いやぁ〜……いいの! 私が私の判断でやったことだし!」
エミリアはすでに捕まったひとりがソルミだと聞いている。
正直、馬鹿すぎるだろとは思うが。
だとすると昨日の事件そのものがエミリア絡みというわけで……。
ロダンを立ち向かわせたのはエミリアにも原因がある。
「身体は大丈夫なんだな?」
「う、うん。一晩寝たらすっきりした」
これは本当だった。
昨夜、美味しいものを飲み食いして気持ちよくすやぁーと寝て。
ロダンとそこそこ遊んだら完全に元気になったのだ。
「ならいいが……」
そこでロダンが杯の入ったケースに目を向ける。
「問題は君の実家にあるという、オリジナルの杯だな」
「……ええ」
「今もオリジナルは君の実家にあるという理解でいいんだな」
エミリアが頷く。
両親が死んだ後、セリド公爵家は兄が継いだ。
あの杯は特定の儀式にしか使われなかったし、恐らく管理しているのは当主夫婦だけだ。
「シャレス殿に話せば、多分破壊するための算段を立てるだろうが……」
「でしょうね」
シャレスはモーガンの遺産を破壊することに生涯を費やしている。
この話を聞いて踏み止まるとは思えない。
「君はそれで構わないのか?」
「……私は」
セリド公爵家は今から思うと、とんでもない家だった。
虐待そのものの魔術修行と洗脳的な伝統。今ならそのおかしさがわかるけれど。
亡くなった両親にも親近感や情愛はほとんどない。
『セリド公爵家は器に過ぎない。受け継ぐべきものを受け継ぐためだけに存在する』
そんな親と仲良くできるだろうか?
しかし一方で今のエミリアも理解している――両親もまた、セリド公爵家に呪われていた。
セリド公爵家の直系当主の結婚相手はごく近い親戚のみだった。
エミリアの記憶する初代から兄まで当主は30人を超えるが、例外はない。
かなり近い血縁だけでまとまっている。
このようなやり方は実際、ウォリスでも非常に珍しい。
同じ公爵の他にも大公や王族侯爵との結婚も断っているのだから。
(それは恐らく……純粋性と秘密を守るため)
両親も兄も呪縛に囚われてるのは間違いない。
エミリアだけがふとしたきっかけで前世の記憶を思い出し、影響を低下させることができただけだ。
「私はもうセリド公爵家から出た身。しかも今回の件でウォリスには戻れないでしょうね」
「容易ではないだろうな」
「でもシャレス殿の力添えがあれば、可能じゃないかしら。彼が後ろ盾になるのなら、終わらせたい」
モーガンの杯のオリジナルがなぜ、エミリアの実家にあるのか。
あの儀式の本当の意味は何なのか。
知るべきだとは思わない。
エミリアにはもう新しい生活がある。見て見ぬ振りもできる。
だが、終わらせられるのはエミリアだけだ。
(私が前世のことを思い出して、その意味を考えていたけれど。もしかしたら――)
世界を脅かす魔術を塵に。
そのためだと感じるようになってきた。
「わかった。シャレス殿には俺から伝えよう」
「ありがとう」
「だが、そうなると問題がひとつある」
「……そうね」
兄とその妻。
それにセリド公爵家に近しい者。
その誰もが卓越した魔術師だ。
エミリアの境地に達した魔術師はひとりもいないが、ひとりで立ち向かうには強大すぎる。
「俺は君の結婚式でセリド公爵家の面々に会った。その感触で言えば――」
ロダンが端的に事実を述べた。
「君が5人いてもセリド公爵家には勝てない。強硬手段は相当の覚悟が必要になる」
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