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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-3 向き合う時

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21.法務省顧問

 エミリアを見送ったロダンは、ゆっくりと息を吐いた。


 この案件に私情を挟んではならない――。

 それは法務官の公正と職務に反する。


 だが、エミリアへの同情とオルドン公爵家への怒りを抑えるのは難しい。


 感情を制御しなければ……。

 ロダンは砂糖のたっぷり入った紅茶を飲み、なんとか気を落ち着かせる。


(……エミリアの忍耐強さは想像を絶するな)


 彼女の怒りと戸惑いはロダンの遥か上のはず。

 しかしエミリアはそれをうまく抑えている。


 その原因をロダンはよくわかっていた。


 フォードといる時のエミリアは苦境をまったく表に出さない。

 息子の存在が彼女を抑制しているのは明らかだ。


 だが、それは――過酷な精神力を要求する。

 ロダンは椅子に深く座り、嘆息する。

 

(母はこうまで強くなければならないのか……)




 

 その後、ロダンはエミリアのサインした書類の封筒を持って、屋敷を出た。


 向かうのは本案件の総本山。

 すなわちイセルナーレの宮殿であった。


 貴族街よりさらに一段上の丘、そこに白と青に彩られたイセルナーレの宮殿が存在する。


 改築と合理を突き詰めた宮殿は数々の建屋に分かれていた。

 実利のために建屋の高さはさほどなく、一番高くとも3階までである。


 それでも宮殿の壮大さを見誤る者はいない。

 宮殿は貴族街でもっとも巨大な邸宅の、さらに30倍の床面積を誇るからだ。


 ロダンが向かったのはその中の一区画、法務省の建屋である。

 

 法務省の中は黒の内装、質素な調度品でまとめられていた。

 歴代の法務卿の方針により、華美は不要とされたからだ。


 その法務省を迷いなく進み、ロダンは最奥にある黒檀の扉をノックする。


「入ってもよろしいでしょうか」

「ロダンか、入れ」


 重々しい扉を開けると、そこには金髪の青年が執務をしていた。


 艶やかな金髪にはわずかに赤のメッシュが入り、黒縁の眼鏡から覗く穏やかな緑の眼が来訪者であるロダンを捉える。


 蠱惑的な笑みを浮かべた美しい顔は30代前半でありながら、熟練の政治家のような老練さが漂っていた。


 彼はイセルナーレの第4王子、ブルース・イセルナーレ。


 王族にあって秀英で鳴らし、現在は法務省顧問の地位にある人物だった。

 今回の件について、ロダンの上役に当たる人物だ。


 手元の書類から顔を上げたブルースが大仰に腕を広げる。


「お前ならノック不要と言っているのに、いつもノックをしてくれるな。いつになったら、気兼ねなく入ってきてくれるんだ?」

「お戯れを、殿下。そのようなことをすれば近衛が黙っていないでしょう」


 軽口のブルースに促され、ロダンは室内を進む。


 このブルースの執務室も法務省の他の区域と大差ない。

 黒の内装と質素な調度品と――他の部屋との違いはブルースの持ち込んだ、人の背丈を超えるほど育ったいくつかの観葉植物だけだ。


 ブルースが執務机の椅子から立ち上がり、部屋の脇にあるソファーへロダンを導く。

 黒革張りのソファーへブルースが着座して、その対面にロダンが座った。


「例の案件、正式に委任を頂戴いたしました」


 ロダンが封筒をブルースへ差し出す。

 ブルースは早速、封筒を開けて中の書類を確認していく。


「ご苦労。彼女は納得してくれたか」

「ええ……やはり祝儀の内容について、一切知らなかったようです」

「そうか」


 書類を素早く読み終えたブルースがロダンへと封筒を戻す。


 そして、ブルースはソファーに深く身体を沈めた。

 眼鏡の奥の瞳は不愉快さを隠していない。


「舐められたものだな」

「殿下、関係部署の見解はいかがでしょう?」

「外務省、法務省、国土省の見解はまとまった。おおむね、お前の計画通りに動くことになるだろう。ただ――外務省よりひとつ懸念点を指摘された」

「どのようなものでしょうか」

「本案件を進めるにあたり、セリド公爵家にも甚大な影響が出る。悪いが、それに構ってはやれぬとのことだ」


 それについては、さっきのやり取りでエミリアに確認していた。

 問題はない。もうエミリアも覚悟を決めている。


「当人からは了承済みです」

「ふむ……酷な話だ」


 ブルースの瞳に哀れみが浮かぶ。


 エミリアの状況はイセルナーレではおよそ考えられない。

 まさに後進国の極みと言えるものだ。


「だが、当人が納得しているならいい。重視すべきは法と正義だからな。今回の件を知って、誰もが怒りを抱いている」

「やはりそうですか……」

「結局、精霊魔術の普及も鉄道増設も進んでいない。彼女の結婚式から何も変わらぬ。イセルナーレの誠意は考慮に値しないらしい」


 ウォリスとオルドン公爵家は祝儀をせしめるだけせしめた、というのが各部署からの総意であるらしかった。

 予想の範疇とはいえ、その厚かましさはイセルナーレの許容限度を超えている。


「今回の件が広まれば、イセルナーレは諸国から侮られることになるだろう。ウォリスにも好ましからざる前例を与えてしまう」

「同意いたします。徹底的な追及が必要でしょう」

「法務官の祝福は、イセルナーレの高貴なる伝統だ。それはウォリスの浅はかな思考や事情より遥かに尊い」


 ブルースの言葉は誇張ではない。


 エミリアが知る由もない事実がひとつある。


 イセルナーレ王族の結婚式には、全法務官の祝福が必要であるとされているのだ。

 これは明文化された法でなく、伝統と慣習に基づくもの――ゆえに重い。


 法務官の祝福はイセルナーレ王族の権威にも関わるのである。


 それをオルドン公爵家は真っ向から踏みにじったのだ。

 しかるべき報いを与えなければならない。


「ロダン、我が国の面子を取り戻すのに妙案はあるか?」

「……ひとつ考えがございます」

「言ってみろ」


 ロダンが深海に似た瞳を細める。

 最速で正義を実現するのに、何をすればいいか。

 

 ロダンの明晰な頭脳はひとつの答えを出していた。


「ウォリス国王に、本件の詰問状を送って頂きたく」

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― 新着の感想 ―
明けましておめでとうございます。 良質な読み応えです。 やらかした公爵家に存在する(存在した)マトモな上級使用人や領地政庁の役人。 そう言う人の見解も、見てみたいですね。 多分、ものすごく気の毒な被…
やってしまって!ロダン様
一組の夫婦の離婚(夫側に問題あり)が国を揺るがす大問題に… 妻はそれを理解しての提訴。訴えられる側の夫は…もらった祝儀をどうしようが俺の勝手と考えていそうだから、きっと頭に「?」がいっぱい浮かぶことで…
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