203.波紋が呼ぶ
アンドリアの警察にも精霊魔術の心得がある者はいた。
しかし、そのような者も一様に首を振る。
「あれほどの精霊を動かすのはとても無理です……!」
「ふむ……」
精霊には繋がりやすさ、というものがある。
身体が大きければ大きいほど精霊が内包する魔力も強く、精霊魔術による影響を受け付けない。
(イセルナーレのレベルでは無理か……)
巨大精霊を誘導するなら食べ物や寝床で興味を引く方法がイセルナーレでは多い。
もしそれが通じないとなると、いよいよ強行手段に出ざるを得なくなる。
恐らく、もっとも穏便に巨大精霊に帰ってもらえるのはエミリアの精霊魔術だ。
しかし肝心の彼女の居場所がわからない。
(警察のリソースは無駄にできんしな)
市内のどこにいるかもわからない彼女を探すのは、あまりに無謀だ。
「周囲に精霊魔術師は?」
「いいえ、少なくとも周囲には……精霊魔術師の姿は見えません」
精霊魔術の特性のひとつに離れていても行使できるというものがある。
ルーン魔術が接触を基本にするのとは対照的だ。
これは精霊に対する感受性、技量などに左右される。
優れた精霊魔術師は遠隔から気付かれることなく精霊を誘導できる。
そうであれば、優れた魔術師が現場に行かなければ何もわからない。
(ここで出来ることは全てやったか)
ロダンは本部を出て、馬で現場へ向かうことにした。
ビーバーの精霊は着実に川を泳ぎながら、市の中心部に近付いている。
「ん?」
馬を走らせながら、ロダンはふと馬の横につけているケースに違和を感じた。
杯の入っているケースだ。
本当にごくわずか、杯が反応している。
ケース自体が魔力を遮断するはずだが、それでも完璧に隠しきれない何かが起きている。
(なんだ……?)
魔力は消え失せているはずなのに、ざわめく。
今、ロダンが馬で走る大通りに人はいない。
ロダンは速度を緩め、ケースを引っ張り上げて……開けた。
「……!」
杯は確かに目覚めていた。
液体の入った杯を傾ければ、何が起こるか。
しずくがこぼれ、波紋が広がる。
杯を手に取ったロダンはそれに似た感覚に襲われる。
杯から魔力のかすかな波紋がぽつりぽつりとこぼれ落ちているのだ。
(まさか大気中の魔力に呼応しているのか?)
エミリアは核となる機能は破壊したと言っていた。
だが、全てのルーンを壊したわけではない。
波紋の広がりには指向性があった。
何かを呼び、待っている。
この杯は何に呼応しているのか。
考えるまでもなく、この杯が呼びかける先はひとりしかいない。
「エミリア……?」
杯の指し示す先は川沿いの道であった。
川沿いの道を走れば多少のロスになる。だが、もしエミリアと合流できれば……。
ロダンはケースの中に杯を戻し、閉じる。
そして馬首を翻し、川へ向かって走り出した。
川沿いの道を急ぎながら、エミリアは焦っていた。
近づくにつれて魔力の濃さを彼女も認識できていた。
この魔力の元はかなりの巨大精霊ではなかろうか。
(偶然迷い込んできたの? それとも……誰かが精霊魔術を?)
移動しながら考えていたが、前者の可能性は進むにつれて薄くなっている。
やはり誰かが、悪意ある誰かがここまで精霊を導いているのでは。
(まさか、こんな時に……っ)
「大丈夫、お母さん?」
「……うん。大丈夫だよ」
万全の状態なら、精霊魔術師としてエミリアを超える者は数少ない。
だが、今は違う。
杯のルーンを消すのに、相当な魔力を消耗していた。
もしこれが悪意ある精霊魔術師の仕業だとして、対抗できるだろうか。
川沿いを進むと決めたエミリアだが、不安は大きくなっていた。
(……それでも)
何かの役に立てるだろうと信じて、エミリアはフォードと進む。
そこに聞き馴染みのある声が響いた。
「エミリア!」
「ロダン!」
それは馬に乗るロダンであった。
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