201.来るもの
日や時間によって、魔力が流れ込むこと自体はあり得る。
魔力はあらゆるものに溶け込み、浸透するからだ。
(この魔力は……精霊か?)
人の魔力と精霊や自然の魔力には差がある。
より正確には人の魔力は異質である――と言えるだろうか。
形容するなら精霊の持つ魔力は風や霧、淡い湿度に似る。
不快感はなく、肌と心を撫でつけるだけなのだ。
それゆえ精霊は自然の魔力の具現化、結晶と考えられている。
対して人の魔力には情念が宿る。
人の魔力はかがり火のように、自然とははっきり異なって認識できるのだ。
今、ロダンが感じているのは押し寄せる波、水の壁のような魔力であった。
にわか雨、台風などでも感じられる魔力ではあるが……空は晴れている。
「近いな」
魔力の濃淡が変わる原因には、巨大精霊の接近が原因であることも多い。
しかしアンドリアにも精霊避けの結界は展開されている。
精霊が接近することは普通ならあり得ないのだが、そのあり得ないことが起きている予感がある。
そこで大声が通りに響いた。
「みなさーん! 避難してくださーい!」
それは女性警官の声だった。
最初は人混みに飲み込まれた声が次第に伝播し、道行く人が足を止める。
「なになに?」
「えっ? 避難?」
昼間の大通りで呼びかけても、すぐに指示が行き届くはずもない。
ロダンは女性警官の元に駆け寄る。
当然ながらアンドリアの警官である彼女は、ロダンの顔を知らなかった。
ロダンは身分証代わりに、右腕に氷の結晶を生み出す。
それを見た女性警官がはっと目を見開く。
「魔術師様ですか!?」
「ああ、俺は騎士だ。何があった?」
「アンドリアの北部から緊急通達です! 巨大精霊が市街地に急接近していて……!」
やはり、とロダンは思った。
この気配は精霊の魔力だったのだ。
一方、その頃――アンドリアの北部から巨大なビーバーの精霊がのっそりと市街地に繋がる川を南下していた。
「んー……」
それは先日、エミリアたちが乗る列車を止めた巨大ビーバーであった。
ビーバーは泳ぎを得意とする。
軽自動車を超えるサイズのビーバーが街へ接近しつつあった。
すでに川辺には警官隊が集まりつつあるが、どうにもならない。
慌てながらビーバーの進路を確認し、避難指示を出すので精一杯であった。
その様子を4階建ての建物の屋上からシーズが笑いながら見ていた。
その右腕はビーバーへと突き出され、精霊魔術を放っている。
ビーバーはシーズの精霊魔術に導かれ、ここまでやってきたのだ。
「ははっ、パニックになっているわね。いい気味だわ」
「……シーズ、もうやめるんだ」
シーズの後ろに控えるソルミは、青い顔をすることしかできなかった。
「こんなことがバレたら、それこそ取り返しがつかない!」
「バレれば、でしょ。そんな下手を打つと思っているの?」
シーズは喋りながらもビーバーへの精霊魔術を止めない。
そもそもが昨日から準備して――ここまで連れてきたのが驚異だった。
思ったよりも遥かに、精霊魔術師としてシーズは能力があったのだ。
「あのエミリアが出てくるまで市内に誘導して、適当なところで切り上げるわ。そうすれば財産分与の会合どころじゃあないわ……」
「無謀だ……!」
「別に人を傷つけたり、建物を壊すわけじゃないのよ。街中を威嚇して回るだけなら、警官や騎士も強行手段は取れないわ」
これがウォリスなら即座に精霊魔術で追い返されているところだ。
しかしイセルナーレでは精霊魔術師の数が圧倒的に少なく、しかも精霊信仰の度合いも強い。
街をねり歩くだけの精霊を力ずくで排除する決断はそう簡単にはできまい。
シーズが唇を噛み、眼下の街を睨みつける。
「今夜の会合さえぶち壊せれば、それでいいんだから……っ!」
あーあ……。
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