18.祝儀の明細
「わぁー! ロダンお兄ちゃん、すっごくたくさん本があるね!」
「……あ」
フォードが目をきらきらさせ、書類をきょろきょろ見渡す。
しまった。紙の束がフォードの興味を引いてしまったようだ。
それはフォード用の読み物ではないのに……!
だが、ロダンは落ち着き払って書類の山の上から一冊の絵本を取り出した。
「フォード君も読むかい?」
「うん! ねぇ、それは何の本?」
「騎士の本さ。とっても珍しい本だよ」
「ええっ! 読みたい! ねぇ、お母さん……」
「だ、大丈夫よ。そうね、あちらのクッションに座って読んでらっしゃい」
「うん、そうするっ!」
エミリアの手から離れたフォードがロダンの元に駆け寄り、絵本を受け取る。
それは確かに子ども向けの絵本のようだった。
絵本を大事そうに抱えたフォードが、広間の隅にあるクッションへ向かう。
絵本もクッションもロダンが事前に用意したものだろう。手際のいいことだ。
ふたりきりになって、エミリアはロダンの斜め前の椅子に座る。
「……ありがとう、用意が良いわね」
「ふむ、うまくいった。これであの絵本も浮かばれる」
「特別な本なの?」
「俺の曾祖父の描いた絵本だ。カーリック家の先祖が題材だが、伝説そのままの盛りに盛った内容でな。俺の祖父や父には不評だった」
「ふふっ、なにそれ……まぁ、身内にはそうした本は不評かも」
しかしエミリアはロダンの青い瞳に宿る感情を見逃さなかった。
澄んだ瞳の中に懐かしさと温かさがある。
「でもロダンはあの絵本が好きなのね」
「……ああ。俺は好きだった。絵本としてはドラマチックかつ色彩豊かで面白い」
自分の面白いと思っている絵本をフォードに貸してくれたことに、エミリアは感謝する。
「ありがとう、ロダン。フォードのことをしっかり考えていてくれて」
「まぁ、当然のことだ」
咳払いしたロダンがテーブルの上から書類を取り、エミリアに渡す。
「さて、仕事の話に移ろう。とりあえず調停の流れをまとめた」
「拝見させてもらうわ」
書類にはロダンの流麗な字で様々な事柄が並べられていた。
必要書類、公的機関への訪問などなど……。
やはり書類の国だけあって、要求される手続きが多い。
でも隣国の元夫との調停なのだ。
多少の手間は引き受けて立ち向かう気でいた。
「驚きはしないようだな。ウォリス人だとまず目を剥くものだが」
「えっ、ええ……私は細々とした作業や手続きは嫌いじゃないから」
ロダンの指摘にちょっとだけギクリとする。
前世の知識があるエミリアにとって、この程度の手続きは予想の範囲内だ。
多分、大まかなところはイセルナーレも現代日本もそう変わりない。
書類で社会を形作る方向に最適化しているからだろう。
しかしウォリス人にとっては目が回るに違いない。
(そこはボロが出ないようにしないとね……。前世のことはさすがに言えないし)
「問題ないならいい。で、イセルナーレからオルドン公爵家への祝儀も調べたが、相当なモノだったぞ。かなりせしめたようだ」
祝儀の明細が記された書類を渡され、エミリアは読み始める。
『最上のルーンを刻んだ刀剣類一式』
『名誉ある婚姻者のダイヤモンドの燭台』
『大いなる加護のエメラルドの指輪』
などなど。特に高そうなのは上記の3点だ。
(あれ、これって……)
ダイヤモンドの燭台とエメラルドの指輪には覚えがあった。
(……そうだ! ベルがいつもしていた指輪と大広間の燭台!)
正直、このふたつについてはエミリアの印象にも強く残っている。
これ見よがしにベルと義実家がいつも自慢していたからだ。
エミリアにも来訪客にも。忘れるわけがない。
だが、この真新しいふたつの高級品をエミリアは不思議に思っていた。
(こんな高級品が買えるほど余裕があるはずじゃないのに……)
というのもオルドン公爵家もウォリス王国では財力のあるほうではない。
贅沢な宝石を使った装飾品が新調できるほどではないはずだった。
それにはこんな仕組みがあったわけだ。
大国イセルナーレの祝儀を厚かましくせしめれば、確かに可能だろう。
エミリアの頭にかっと血が上る。
(こんな……イセルナーレからの祝儀を私に黙って、人に自慢してたの!?)
だが、エミリアの怒りも祝儀の内容もこれで終わりではなかった。
驚愕の祝儀内容が次に書いてあったのだ。
『シェルド地方の17の村と鉱山の割譲』
『上記に関わる鉄道利権の割譲』
エミリアは口をあんぐり開けてしまう。
(えっ、領地と鉄道利権も……!?)
現代日本なら考えられない祝儀だ。
しかしここは異世界。まだこんな祝儀が存在していた。
(だけど、こんな祝儀は……)
エミリアの視線と反応を読んだロダンが静かに、怒りをにじませて言った。
「大変なことになるぞ」
「そうね、こんな祝儀があるなんて知らなかったわ……!」
これは離婚調停を進めたら、とんでもないことになりそうだった。
だが、それだけではなかったらしい。
ロダンが抑揚なく付け加える。
「ちなみに、イセルナーレの宮廷ではもう大変な案件になっているぞ」
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