175.ソルミ
ロダンの指摘にソルミが口ごもる。
「それは……いや、しかし……」
「はっきり言っておこう。何か不服があるのなら、貴殿らが申し入れるべきはまずウォリス政府だ。そこでの答えが全てだ」
「…………」
ソルミが落ち着かないように、足を組み直す。
「だ、だが……あの財産分与を実行したら、ウチは破産しかねない! もう話が出回って、銀行は金を貸してくれないんだ。ウォリスの厳しさは知っているだろう? 最近のウォリス貴族の懐事情は実に苦しい……」
「それがエミリアに関係あるのか?」
「……ある」
ソルミの言葉にロダンが眉をほんのわずか、エミリアぐらいしか気付かないだろうほどわずかに動かした。
「オルドン公爵家の爵位――今はシーズの手にあるが、あの子には……フォードには正当な権利がある。シーズの次は私たちの孫に、フォードのモノになるんだぞ!」
その言葉を聞いて、ロダンは椅子から猛然と立ち上がった。
ロダンがそのまま荒々しく、ソルミの襟を右腕で掴む。
「黙れ」
ソルミがぐっと顔を歪める。
エミリアが義父母を嫌いな理由が、実感としてロダンにはわかった。
「あの子まで取引材料にするつもりか?」
「…………」
ソルミが視線をさまよわせている。
だが、怯えてはいないとロダンは悟った。
(この男……っ!)
「表向き、オルドン公爵家そのものにお咎めはない。そのはずだ。君たちがどれほど圧力をかけても、そう簡単に公爵家は潰せるものじゃない……」
首元をロダンに握られてもソルミは口を開いた。
本当に弱々しい男はこんな度胸を持ちえない。
「勘違いしないでほしい。僕は、君らと取引するつもりはないんだ」
「……なんだと」
「そんな立場じゃないのは、重々わかっている。悪いのは僕らの息子のベルだ。調子に乗って、イセルナーレをハメようとした……そのツケが回ってきたんだ」
ソルミが両腕の手のひらを掲げた。
降伏するように。
「だからこれは取引じゃない――哀願だ。情けなくも、君らの慈悲にすがらないとオルドン公爵家は立ち行かなくなる。きっとそうなるだろう。その時に誰にも迷惑をかけないでいる自信がない」
ロダンが口の奥で奥歯を噛みしめる。
ロダンは弱みを見せないよう、表情に細心の注意を払っていた。
「特にシーズは、きっと荒れるだろう。あることないこと、色々なところにぶちまけるかもしれない」
「脅しているのか」
「まさか、まさかまさか。カーリック伯爵、君は新聞は当然読むだろう? 僕は新聞が大好きでね、色々と読むんだ。こっちの新聞も色々と読んだけど昨日のイセルナーレの新聞……サンブラストとかいう三流紙の見出しはなかなかヒドいものだったね」
サンブラストはイセルナーレにおけるゴシップ新聞社だ。
記事の程度は低く、物笑いの種にしかならない。
「ゼルディ共和国の元貴族の赤裸々な生活……か。ああいう記事はウォリスにもあるけれど、きっと需要があるから供給もあるんだろう」
目の前のこの男は、妻にただ虐げられるだけの男ではない。
狡猾な鼠のような嗅覚を持っている。
だが、ロダンにはわかっていた。
エミリアはそんなことで迷ったりする人間ではない。
あるかどうかもわからない、未来の話を交渉材料にするなどもっての外だ。
「勝手にしろ」
「……イセルナーレの王都を守護するカーリック伯爵はこんなことじゃ、揺らがないか」
ロダンがぐいっと首元を押すようにして、ソルミを離す。
ソルミは椅子に座り直すと、襟元を整えて髪をかき上げた。
「しょうがない。気乗りはしないが……」
ソルミの顔がゆっくりと変わる。
鼠から狩る側の人間へと――ぞっとするように口角を上げた。
「カーリック伯爵、僕は僕で取引材料を持っているんだ」
その雰囲気が、言葉遣いが。
虚勢ではないとロダンにはっきり告げていた。
「秘密を守ってくれると誓うなら――大して期待はしていないが――とっておきの秘密を共有しよう。きっと君にも意味がある秘密のはずだ」
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