174.医務室
(……えげつないわね)
エミリアはこの一連の茶番を冷めた目で見ていた。
シーズもソルミも、エミリアは好きではない。
激しやすいシーズは当然だが、ソルミも――フォードとエミリアを冷遇したひとりなのだ。
自分は妻に虐げられている男、という卑怯な仮面を被りながら。
事なかれ主義の裏で、彼は彼の思惑と計算で動いている。
辛辣すぎるのかも知れないが、エミリアにとってシーズもソルミも大差はない。
これは冷静さを欠いた見方なのだろうか。
「……私もついていこう」
ロダンがソルミに伝える。
ソルミもシーズもロダンの事は当然、知っていた。
息子の結婚式に賓客として来ていたからである。
なのでロダンがイセルナーレで権威ある法務官であることも承知していた。
「で、では……」
ここはイセルナーレ。ここでの揉め事を仲裁するのは、まさにイセルナーレの法務官である彼の仕事でもあった。
本来は元嫁であるエミリアも行くべきなのだろうが、全然気乗りがしない。
「ごめん。任せてもいい?」
「ああ……ちょっと待て」
ロダンはホテルの従業員へ、エミリアを部屋に案内し、荷物も運び入れるよう短く指示をする。
フォードはエミリアの陰で、おどおどしていた。
彼は物心ついてから、オルドン公爵家でほぼ無視されていたから。
だから彼は祖父母とどう接していいかわからないのだ。
「きゅっ」
ルルがバッグの中からフォードの頭をなでなで、もみもみする。
「……ルル」
変わらないルルの優しさに、フォードがほっと息を吐く。
(ルルがいてくれて良かった……)
前世の経験が足されても、この義父母の前だと平常心を保つのが難しい。
それに、この場にいることにメリットはない。
エミリアはフォードと一緒にささっとエントランスの奥へと向かうことにした。
ロダンはそのままオルドン公爵家の執事やメイド、そして気絶したシーズとソルミと一緒に下の階へ移動する。
この三角柱の塔のうち、1階から14階はアンドリア中央大学である。
大学の学部の中には医学部もあるため、シーズはそこに運ばれることになった。
静かで、広々とした病室。
アンドリア中央大学医学部の一角でロダンはソルミと向き合っていた。
シーズは寝たままで、他の余計な人間は病室にはいない。
「で、今回のことはどういうことなんだ?」
「……実は」
ソルミはほとんど包み隠さず、ロダンに事の経緯を説明した。
ロダンに言えなかったのは、シーズの荒れ方くらいである。
そこまで言ってしまうのはさすがに自重した。
話を一通り聞いたロダンが眉間を揉む。
想像していた通り――いや、それ以上の馬鹿さ加減だった。
「なぜ独断でそのようなことを? 万が一にでも接触する危険を考えなかったのか」
ロダンは嘆息する。
ウォリスの外務省はイセルナーレの外務省に連絡を入れなかったに違いない。
連絡を受けていれば、シャレスが上手く差配したであろう。
少なくともアンドリアの外へ……ロダンにも連絡して、出くわさないように指示したはずだ。
シーズのご機嫌取りなら、それで終わる。それだけの話だ。
だが、後進国の官僚は実にレベルが低い。何の相談もなしにのんきに訪れ、嘘も露見した。
起きたシーズを納得させるのは、さらに骨が折れるだろう。
「……いずれにしても、当方の関与しないことだ」
「それはまぁ、そうなのだが……」
ソルミがちらちらとシーズをうかがう。
「今回の離婚調停、そもそもオルドン公爵は納得していない。息子はイセルナーレに囚われたまま、財産分与も法外な金額だ」
「……それが? 関係あるか?」
ロダンは冷たい目でふたりを一瞥した。
その迫力にソルミが背筋を伸ばし、唾を呑む。
シーズを制止したのは評価できる。
だが、元々は身内の恥だろう。
そしてこのような話題が出るだろうから、接触したくなかったのだ。
「今回の件は、イセルナーレとウォリスの両国で合意済みだ。両国政府を差し置いて、この場で何を話し合える?」
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