16.愛しの息子
足取り軽くエミリアはホテルに戻り、子どもお預けスペースに向かう。
まずはフォードのお迎えをしなくては。
「ええと……」
お預けスペースには色とりどりのソファーが並び、積み木やクッション、遊具が置かれていた。
ゆったりした空間の中で、フォードは静かに本を読んでいる。
「フォード、お待たせ……!」
エミリアが近づくと、フォードがぱっと顔を上げて微笑む。
その笑顔を見ただけでエミリアの疲れが吹き飛んだ。
「おかえりー! お母さん!」
「ただいま、フォード!」
エミリアはフォードに駆け寄り、抱きしめる。温かくて、いい匂い。
数時間離れていただけだが、こんなにも愛おしい。
フォードがエミリアに抱きしめられながら、彼女の背を撫でる。
彼もまた、生来の聡明さで母の変化を感じ取っていた。
「お母さん、いいことあったー?」
「えっ、わかる?」
「うんー、今のお母さんはすっごく嬉しそう」
フォードがぎゅーっとエミリアを抱きしめる。
彼の熱がエミリアへと伝わってきた。
「お母さんが嬉しいと僕も嬉しい……」
「……フォード」
(ありがとう、その言葉だけで私は頑張れる)
フォードの前では絶対に弱音を吐かないとエミリアは決めていた。
どんなに現実が辛くても、フォードには関係ない。
でも良いことは別だ。
良いこと、前向きなことはフォードと共有していきたい。
それがきっと家族だから。
エミリアは噛みしめながら、言葉を発する。
「うん、とってもいいことがあったの」
「えへへ、当たったね!」
「ふふ……フォードは本当に何でもわかるのね」
ひとしきり、息子を抱きしめる。
その後はエミリアはフォードと一緒に部屋へと戻った。
部屋に到着して、エミリアにはやるべきことがひとつある。
(さて、まずは……お金を金庫に!)
このホテルの部屋には金庫がある。
その備え付けの金庫へ、さっき手に入れた現金を入れておく。
金庫はルーン魔術で防護されており安心できそうだ。
それでもさっさと銀行口座を作って、そこに現金を移したいが。
(はぁ……まさか銀行がこんなに恋しいなんてね)
前世では当たり前の銀行口座もエミリアにはまだない。
しかし、それもすぐに解決するはずだ。
(イセルナーレ魔術ギルドの所属なら、口座はすぐ作れるってフローラさんが言っていたし……)
銀行ならフォードを連れていっても問題ないはず。
午後は早速、銀行へ行こう。
もちろん、昼食をフォードと食べてからだ。
明るい気分でエミリアはフォードに振り返り、問いかける。
「フォード、昼食は何がいい?」
「えー……僕は何でも大丈夫だよ」
「……じゃあ、一番に食べたいのは?」
フォードは少し迷いながら、もごもごと口を開く。
「うーん、僕……おっきなエビを食べたい」
ぱらぱらとフォードが本をめくり、ロブスターがでかでかと載ったページを広げる。
エミリアもこの世界ではロブスターを食べたことがなかった。
食べに行く、ちょうどいい機会だ。
「いいわね。行きましょう……!」
「本当に? 本当にいいの?」
「もちろんよ! イセルナーレで美味しいモノをたくさん食べなきゃ!」
「……! うん、そうだねっ!」
フォードが明るくなった母に笑顔を向ける。
それがフォードにとっても、一番の幸せだった。
ふたりは手を繋ぎながらホテルを出て、手頃なレストランへ向かう。
(……この国に来て、本当に良かったわ)
思えばあのオルドン公爵家では、めったに外へ出ることもなかった。
もちろん外食だって許されない。
でも、ここなら自由だ。
フォードの好きな物、食べたい物を用意できる。
「あっ! お母さん、あそこ!」
考えながら歩いていると、フォードが突然声を上げて空を指差す。
何もない、まっさらな青空。
いや、フォードの指先はイセルナーレの尖塔に向いていた。
(でも、それだけよね?)
特に変わった点はない。
イセルナーレによくあるデザインの尖塔だ。
フォードが何を指差したかわからずにいると、フォードが目を輝かせながら言う。
「精霊さんがいるよ!」
「えっ?」
エミリアが意識を集中し、目を細めて尖塔の先を見る。
……。
(本当だ……)
確かに、尖塔の先に鷹の精霊がいる。
エミリアでさえ言われて集中しないと気がつかないほど遠く、かすかな気配だ。
(……フォードにはすぐわかったの?)
こんな能力を息子は持っていただろうか……?
「よくわかったわね、フォード」
「うん! ここって精霊さんが多いんだね!」
ウォリスでは魔術を使った精霊避けの結界が普及しており、人家の周囲に精霊は寄ってこない。
もちろんオルドン公爵家の周りにも精霊はいなかった。
しかしイセルナーレでは精霊魔術の結界がずっと少ない。
ルーン魔術で代用しても、とてもウォリスの水準には達していない。
だから街中でも鉄道でも、ウォリスに比べるとずっと精霊は身近だ。
その分、意図せぬトラブルも多いわけだが。
(こんなに鋭敏な感覚を持っていたのね。これなら……)
ごくりと喉を鳴らし、その意味をエミリアは考える。
これはウォリスで気がつくことがなかった、息子の才能だ。
イセルナーレに来たからこそわかったのだ。
それを今、エミリアは目の当たりにした。
エミリアの胸が静かに高鳴る。
もしかすると――ある点でフォードはエミリアを超える才能の持ち主かもしれなかった。
これにて第2章終了です!
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