144.講義開始
それから準備を急いで進め、夕方の講義をスタートできることになった。
まぁ、エミリアが駄目ならばトリスターノが請け負うつもりだったらしいが。
で、先の話を聞いてエミリアは追加でひとつのお願いをした。
「広いお部屋だねー」
「きゅっぷい」
フォードとルルを講堂の端に置かせて欲しい、というお願いだ。
読みかけの本を持ち込んだフォードはゆっくりと椅子に座り、机の縁に本を立てかけて読み始める。
ルルはお昼寝タイムなので、ぐでーんとうつ伏せになって机の上に広がっていた。
「……きゅ」
ルルの背中をフォードが優しく撫でる。
熟練のなでなで。日当たり良好、さらにつやつやとした机の感触、ほのかな古木の香り……。
なぜ硬いはずの机が眠気をいや増すのであろうか。
わからない。
ルルは秋の陽だまりを満喫することに忙しい。
よだれがこぼれているけれど、きっと大丈夫……。
ちなみに初回なのでフローラがフォードとルルの隣にいた。
「……大丈夫かしら?」
「うん、ここで本を読んでいていいんでしょう?」
「ええ、何かあったら言ってね」
本に集中し始めたフォードがこくりと頷く。
フローラはフローラでバッグから書類を取り出す。
エミリアの講義をBGMに自分の仕事を片付ける気であった。
当のエミリアは教壇に立ち、きたる初講義にドキドキしていた。
講堂にはまばらに学生が入ってくる。
「あれ、この講義って結局やるんだ」
「よかった、帰らないで」
年齢的にセリスとほぼ変わらないくらいだろうか。
あどけなく、高貴な雰囲気がする。
それはきっと制服の効果もあるだろう。
イセルナーレ国立魔術大学には制服がきちんとある。
(もう日本の大学ではほぼ制服はないしね……)
こちらの制服は濃い黒色のスーツ。
リクルートスーツに似ているので、エミリアにとっても馴染みがある。
何人かの学生はフローラを見るや、挨拶をしている。
やはり魔術ギルドの支店長の知名度は結構あるのだろう。
フォードとルルは興味を引かれながらも放置されている……。
続々と学生が増えていくが、フォードは読書モードで気にしていない。
「ふきゅ……」
ルルは窓から浴びる日差しの下、お昼寝に邁進していた。
(……学生さんもルルをちらちら見ているけど、そこまで珍しくはないのかな?)
都市部に結界があるが、離れれば精霊は普通に存在する。
精霊を見たことがない学生はいないだろう。魔術師志望であればなおさらだ。
精霊に触れるのが怖い、というのもあるかもしれないが。
壁時計から鐘の音が聞こえる。
講義の区切りの鐘だ。ここから学生が増えていく。
切れ間の休憩時間は15分ほど。
その間に慌ただしく学生が講堂になだれ込んできた。
(ふむふむ……)
エミリアはなるべく人の数を意識しないよう努める。
心を落ち着けて――講義の先生になり切るのだ。
数百人は入ろうかという講堂が徐々に埋まっていく。
エミリアは集中することには慣れていた。
だが、数人の学生にふっと意識を持っていかれる。
意図的に魔力の隠匿を止めたりしている学生がいるのだ。
信号がチカチカするように、である。
これは魔術師にとって明らかなマナー違反行為だ。
威嚇行為のつもりだろうか。
制服はきちっと着ているが、それゆえに自尊心の高さが窺い知れた。
(まぁまぁ、新入りの講師に挨拶ってわけね。トリスターノさんが仰るわけか)
イセルナーレの大学は9月から新学期だ。
さらにこの講義は1回生が受けるものである。
なので新入生か、調子に乗りまくった2回生以外は受けないはずだ。
ただ、エミリアは動じなかった。
そうした生意気な学生の魔力は――どれも自分より遥かに小さい。
エミリアは壁時計を見上げる。
そろそろ講義の開始時間だ。
講堂の端にはフォードとルルがいる。
それだけでエミリアは勇気がもらえた。
(よしっ……!!)
講堂はもう8割方の席が埋まっている。
また鐘の音が鳴った。合図だ。
学生のざわめきが消える。
腹部から声を出し、エミリアが講義を始めた。
「はい、では――ルーンの基礎講座Ⅱにようこそ。臨時でしばらくの間、講師を担当いたしますエミリア・セリドです」
ふきゅ……Zzz…… (´꒳`*っ )3
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