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【コミカライズ】夫に愛されなかった公爵夫人の離婚調停  作者: りょうと かえ
1-2 新しい生活へ

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14.工房の試験

 試験の内容は明確だった。

 迷うことはない。


「わかりました。挑戦します」


 エミリアはスプーンの柄を右手で持ち、すくう頭の部分に左手を添える。

 感覚を研ぎ澄ましてスプーンのルーンに向き合う。


 刻まれたルーンはとても強く、古い。

 エミリアの生まれるずっと前に刻まれたルーンだ。


 元の刻まれているルーンは毒見の力だろうか。

 有毒物を判別してくれる効果がある――今の状態ではもう働かないだろうが。


 押し寄せる年月のために劣化し、魔力は微弱になっていた。


 例えるなら、揺れる水面のように。

 魔力の拍動が不規則でギザギザになってしまっていた。


(まずは集中して……)


 ルーンを消す手順をしっかりと思い出す。

 ……実際にこの作業を行うのは学院に在籍していた時以来だ。


 でも、やるしかない。

 この試験に自分だけでなくフォードの運命もかかっている。


 震えそうになる手。

 エミリアはフォードの笑顔を思い出し、震えを押さえつける。


(大丈夫、エミリア……意識を溶かして)


 息を浅く吸って吐いて。

 柄にあるルーン文字を指でなぞる。


 同時に内にある魔力を指先に伝わらせ、ルーンに同調させる。


 着実に、ルーンの軌跡を追いかける。


 自我を出してはいけない。

 刻まれたルーンに合わせて、自分の魔力を変化させる。

 そしてルーンと自分の魔力を融合させ、吹き消すイメージだ。


(ふぅ……落ち着いて……)


 魔力波打つルーンに意識がゆっくりと溶けていく。


 集中して、想像しろ。

 

 小波の打ち寄せる浜をエミリアは歩く。

 空は高く、海は清らかだ。


 このルーンを刻んだ人は、腕の良い職人だったのだろう。

 刻まれたルーンには確固たる個性があった。


 また息を吸って、吐いて。

 爪の先でルーンを確かめる。


 無我の境地で。


 実のところ、精霊魔術とルーンの消去は似ている。

 自分の魔力をどれだけ対象に合わせられるか、というのが本質だからだ。


(あれ? いつの間にか、人が見にきてる……)


 工房の職人がエミリアを遠巻きに見ていた。

 息を殺して静かに見守っているようだ。


 視線を感じるが、その程度でエミリアの集中力は切れなかった。


(……大丈夫。フォード、あなたがいるから)


 昨日、しっかりと栄養を取って寝て。

 体調はかなり良くなっている。


 ルーンの特徴は掴んだ。

 あとは一気に、自分の魔力を解き放つだけ。

 

 エミリアが目を見開き、ぐっと力強く人差し指でルーンをなぞる。

 ぱっと赤い魔力の火花が散り、スプーンに刻まれたルーン文字がかき消えた。


 額に汗を感じながらスプーンを掲げる。

 刻まれたルーンは完璧に消え去っていた。


「どうでしょうか……!」


 エミリアがスプーンをフローラへと丁寧に手渡す。

 フローラはスプーンを受け取ると指先で結果を確かめる。


 満足したようにフローラは頷いた。


「ええ、非の打ちどころがありません。きちんと痕跡も残さず、消えております」

「じゃあ……!」


 エミリアが前のめりになると、フローラが優雅に頭を下げた。


「エミリア様、いきなり試すような真似をいたしまして大変失礼いたしました。ぜひとも、当ギルドの所属魔術師になって頂けますでしょうか?」

「ああっ、いいえ! 顔を上げてください! いきなり品物を持ち込んで、イセルナーレの決まりも知らず買い取ってとお願いをしたのは私なので」


 エミリアが手を振って言うと、見守っていた人の中からひとりの職人が出てきた。

 

 白髪頭に立派な顎髭。70代になろうとする歴戦の職人、工房長のグロッサムだ。

 小柄ながらに作業着を着たグロッサムは眼光鋭く、フローラの隣へと歩いてくる。


「ちょっと見せろ」

「はい、グロッサムさん」


 フローラがひょいとグロッサムにスプーンを渡す。

 グロッサムはそれをじーっと見ると、長い溜息をついた。


(……あれ? なにかマズかった?)


 エミリアがドキドキしていると、グロッサムがもごもごと口を開く。


「このスプーンのルーンを刻んだのは、俺だ」

「えっ……そうだったのですね」

「40年前、イセルナーレの貴族様から依頼されてよ。会心の出来だった。40年もろくな手入れなしにルーンは応えてくれた」


 40年というのはルーンの寿命としては桁外れに長い。

 グロッサムの常人離れした力量のおかげだろう。


 グロッサムが愛おしそうにスプーンを撫でる。

 かつての自分の仕事。そしてその終わりを抱きしめるかのように。


「だが、ついにガタがきちまった。で……間抜けなことに、あんまりにもルーンが強すぎるんで俺にも消せなかったのさ」


 なるほど、そういう事情があったのか。

 だとすると試験としては、あまりに高難度だったのでは……。


 しかしエミリアは考え直した。これは儀式なのだ。

 工房でこの試験をやったということに意味がある。


 元より他国人でふらりと来ただけのエミリア。

 それをギルドに迎えるなら、相応の実力を皆に示さなければいけない。


「ふん……それをこうも簡単に消してくれるとは。とんだ化物を連れてきたな、フローラ」

「まぁ、レディに向かって何て言い草かしら。気を悪くしないでね」

「いいえ、そんな……!」

「ぬはは、改めて名乗ろう。俺はグロッサムだ。お嬢さん、あんたの名前は?」


 スプーンを掲げたグロッサムが豪快に笑う。

 それだけで場の雰囲気が和む。


「エミリアと申します!」

「エミリアか。いい名前だ。これからよろしくな」


 緩んだ雰囲気にエミリアの胸がいっぱいになる。

 あの公爵家の居心地の悪い空間とここは全然違った。


 あそこで生きるのは常に息苦しかった。

 フォード以外、エミリアの存在を認める人はいなかったから。


 精霊魔術を使う機会もなく、屋敷の一角で時が過ぎるのを待っていただけ。


 ――でもここなら自分らしく生きていけそうだ。

 それだけで全然違う。頑張ろう、フォードの為にも。


 エミリアは唇を引き結び、全員を見渡して勢いよく挨拶する。

 

「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたしますっ!」

【お願い】

お読みいただき、ありがとうございます!!


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