13.魔術ギルドのフローラ
エミリアの存在はそこそこ有名だ。
イセルナーレの魔術師なら知っていてもおかしくはない。
結婚前の姓で呼ばれたことに嬉しさを感じながら、エミリアが頷く。
「……はい、エミリアで合っています」
「昨日、精霊ペンギンがすぐ線路上から動いたらしいとのことですし」
「それもご存じでしたか……」
「王都周辺で魔術関連のことでしたら、わたくしの耳にはすぐに入ります。で、さらには黒髪とその魔力――ウォリスのアクセサリーをお持ちですから、もしやと思いまして」
フローラが飾り気のない笑顔で微笑む。
エミリアの隠された魔力がわかるとは、相当な魔術師だった。
「私の魔力がわかるのですか?」
「全容はわかりませんが……とても素晴らしい魔力量ですね。この場にいる、誰よりも豊富です」
フローラの推論は正しい。
このギルドの目の届く中で、エミリアより魔力を持っている者はいなかった。
フローラは遠くから瞬時にそれを見て取ったのだ。
「では、念の為の確認で旅券を拝見してもよろしいでしょうか?」
エミリアがバッグから旅券を取り出す。
受け取ったフローラがささっとメモを取り、エミリアへすぐに旅券を返却した。
「ありがとうございます。買い取りにつきましては、よしなに取り計らいましょう。審査は合格です」
「こ、これでいいんですか……?」
さすが、ひと手間かけただけあって審査は終わりらしい。
正規の審査がどれほどかかるかわからないが、このやり取りで短くなるなら文句はない。
「ええ、しかし現金化はすぐにはできませんよ」
「……えっ……」
エミリアが心の中で崩れ落ちそうになる。
審査に通ってもそれでは意味がない。
「ふふっ……ですが方法はございます。ご興味ありますか?」
「現金化がすぐにできるなら……!」
フローラが唇に指を当てる。
合法ならばどんな方法でもいい。
エミリアはすぐに飛びついた。
「では、少しご足労願えますでしょうか」
エミリアはアクセサリーをバッグに戻し、フローラの後をついていく。
ふたりはギルドの営業エリアからバックヤード、さらにその奥へ移動する。
移動するにつれ、エミリアの肌がざわめいてきた。
(魔力が濃くなっているような……)
ルーンの刻まれた石造りの扉をくぐると、むっとした魔力の風が広がる。
ふたりが到着したのは、ギルドの奥に広がる工房だった。
整理整頓された作業台にいくつもの品が置かれ、職人が作業している。
作業している人は十数人。誰もが営業エリアにいる従業員とは比べ物にならない魔術師だ。
「ここはルーン魔術の工房でしょうか」
「その通りでございます。ルーン魔術の心得はありますでしょう?」
フローラが作業台に置かれている大型スプーンを取り上げる。
柄には銀の装飾が入っており、明らかに高級品だ。
問いかけにエミリアが頷く。
「ある程度は、ですが」
「充分でございます。で、さきほど申し上げたお支払いの件ですが、抜け道がありまして。振込に制限があるのは一般のお客様のみなのです」
「……ということは」
「当ギルドに所属される魔術師には別の法律が適用され、即座に現金化が可能です」
エミリアを工房に連れてきたフローラの意図を理解する。
支店長のフローラが出てきた理由。エミリアの持つ魔術師としての腕。
身分証も見せたし、間違いないだろう。
「つまり、私がイセルナーレ魔術ギルドの職人になれば……!!」
「その通りでございます。ただ、当ギルドは誰でも受け入れるわけではありません。しかるべき力量があるかどうか……早速ですが試させて頂いてもよろしいでしょうか?」
これこそ渡りに船だ。
エミリアもイセルナーレで職を探すつもりでいた。
(よし……っ!!)
それがまさか、ふらっと訪れた魔術ギルドでこんな話になるなんて。
学院時代、真面目に勉学に打ち込んでいた成果だろう。
あるいは昨日、線路の精霊ペンギンに動いてもらったおかげだろうか。
現金化が早く進むならこの話を断る理由などない。
「もちろんです、どんな試験でも受けます」
「では、このスプーンを」
エミリアはフローラに近づき、スプーンを受け取る。
ごく微弱な魔力がスプーンからは感じられた。
「ルーンを刻むのは大抵の魔術師には可能です。しかし、本当に難しい過程がルーン魔術にはございます」
「刻まれたルーンを消すことですね」
ルーン魔術は魔力を品物に刻みつけ、不思議な力を与える魔術体系だ。
だが、その効果は永続的ではない。時間の経過で劣化する。
劣化したルーンは本来の力を発揮しないばかりか、時に事故を引き起こす。
そのため劣化したルーンを消して、再び刻み直すことが重要だ。
ルーンは刻むよりも消すほうが遥かに難しく、センスが要求される。
「痕跡を残さずルーンを消し去るのはとても大切です。きちんと消さないと刻み直すことができません。ですから――試験はそのスプーンに刻まれたルーンを消すことです」
なぜイセルナーレにエミリアがいるのか、フローラがなぜ疑問に思わないかは今後ご紹介します……!!
まぁ、オルドン公爵家は悪い意味で有名だということで。
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