129.会合
翌日の夜、エミリアは貴族街の閑静なレストランに来ていた。
(……ロダンに呼び出されたわけだけど)
用件も教えず、途中での合流もなし――ということで、少し嫌な予感がする。
そこそこにお洒落して待ち合わせ場所に向かう。
そこは四方が建物の壁と丘に囲まれた、美しいテラスだった。
幸い、花が咲き乱れているおかげで息苦しくはない。
「悪かったな、呼び出して」
ロダンと黒茶のフードの人物はすでにテラスにいた。
もう簡素な紅茶セットもテーブルの上にある。
ロダンは手前に立っており、フードの人間は奥で屈んで花を触っていた。
和やかな雰囲気とは言いがたい。
……フードの人間がエミリアに用件のある、特別な人物なのだろう。
体格からすると成人男性のように思えた。
「いいえ、こちらの方は――」
「エミリア、君もお会いしたことがある」
そういってロダンがフードの人物に向き直る。
声をかけられたフードの人物が立ち上がり、顔をエミリアに見せた。
「――!!」
ロダンと共にいたのはスキンヘッド、白髭の外務大臣シャレス・ボーゲンであった。
相変わらず、そこにいるだけで威厳がある。
シャレスは離婚調停の際、力になってもらった。
実際、ウォリス王国の宮廷まで行って戻ってとしたのは彼である。
「その節は本当にありがとうございました……!」
「気になされるな。必要なことをしたまで」
シャレスの声は非常に聞きとりやすいが、同時に切れ味もある。
額面通りに受け取るわけにはいかないとエミリアは感じ取らざるを得ない。
ただ、そこから意外なことにシャレスがすっと頭を下げた。
「……今回のことは面倒をかけた。非公式ではあるが、礼を述べたい」
「えっ……ええっと、ボーゲン侯爵、私には何のことか……」
エミリアが何の件かとぼける。
いや、恐らくはブラックパール号の件ではあろうとは思うものの。
エミリアがロダンに視線を送る前に、ロダンが答える。
「ブラックパール号の件だ。杖についても、もう説明している」
「――っ! いいの?」
「シャレス殿は信用できる御方だ」
ロダンははっきりとそう言い切った。
確かに、マルテの情景の中でもシャレス派は軍縮を目指していたとか。
「ブラックパール号の沈没後、墓堀人を解散させたのがシャレス殿だ。ゆえに、この件は報告すべきだと思った」
「な、なるほど……。どうかお顔を上げてください、ボーゲン侯爵。私は侯爵に礼を言う立場でこそあれ、礼を言われる立場では……」
これは本当だった。
ブラックパール号の件は自分の仕事とロダンが絡んでいたまで。
正直、墓堀人がどうのとは考えていなかった。
エミリアに促され、シャレスが顔を上げる。
「ありがたい……そう言ってもらえれば」
「は、はい……」
「今後、非公式の場ではシャレスと呼んでくれ。我らは対等だ。この場では」
思わぬ申し出にエミリアは固まる。
名前で呼ぶように、という申し出を断るのは極めて非礼だ。
しかし、エミリアにとってシャレスは雲の上の人ではある。
ウォリスにいた時でさえ、気軽に会える立場ではまったくなかったのに。
「……わかりました、シャレス殿」
「うむ……にしても、まだ墓堀人が活動を続けようとはな。レッサムは有能なゆえに諦めきれなかったか」
シャレスの口振りには悔恨がにじんでいた。
「墓堀人はカローナ連合の挑発に失敗した後、シャレス殿の働きで強制的に解体された。ほとんどの人間が公職を追われたのですよね?」
「非合法活動の追及を恐れて、姿をくらませた人間も多いがな。だが、レッサムは公職にとどまった数少ない墓堀人だった……」
エミリアもその辺りはなんとなく理解できていた。
コネもなく辺境の村から出てきて、海軍大佐まで上り詰めるのは並みの才能や努力ではない。
「結局、こんなことになろうとはな」
「……叔父殿も納得はするでしょう。母の魂はもう眠りについたのですから」
「マルテか。彼女は正義の道を歩んでくれた。代償は大きかったが……」
言葉が途切れる。
エミリアがとりあえず、シャレスに疑問を投げかけた。
「墓堀人の活動については、ずっと把握を……?」
「そうだ、憂慮していた。魔術の秘密を探求すると言えば聞こえはいいが、非合法活動は国際問題を招きかねん。明るみに出たケースはほとんどないが、私は常に秩序と均衡を重んじる……。墓堀人はやり過ぎた」
シャレスならそう言うだろう、という言葉だった。
しかしシャレスはそこで言葉を切って、エミリアをじっと見つめた。
「……大方の人間はこの説明で納得するだろうがね。君には真実を教えよう」
「どのような……? これ以上の名分があるのでしょうか?」
シャレスが自嘲気味に唇の端を歪める。
「ボーゲン侯爵家はモーガンの遺産を継承している。私の祖父も、父も、私も――彼女の声を聞いたのだ。この意味が、君にはわかるはずだ」
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