12.イセルナーレ魔術ギルド
翌朝、エミリアはフォードをホテルに預けて出発の準備をした。
諸々の現金化をさっさとしなければいけない。
「ごめんね、ちょっと出かけてくるわ。昼までには戻るから」
「いってらっしゃい! 僕は本を読んで待ってるね!」
このホテルを選んだのは、有料で子どもを預かってくれるサービスがあるからだ。
そこにフォードを預ける。もちろんサービス料金はかなりのモノだが……。
こうしたオプションがあるだけありがたい。
(この辺りはさすが先進国ね、進んでるわ)
とりあえず専門の教育者が世話をする、という文句を信じよう。
大きなバッグを肩にかけたエミリアはイセルナーレの街をいく。
夏にかけて観光客も多い季節だ。
女性がひとりで歩いていても不審がられることはない。
(まず売るのはアクセサリーから。で、いくつかは魔力を帯びているから専門のところじゃないとダメよね……)
ガイドブック片手にエミリアが向かうのは、丘の下にある魔術用品店の区画だ。
アクセサリー、服、化粧品。
持ち出した物の中で一番売りやすく、高値がつくのはアクセサリー類だ。
しかもそのうちのいくつかは魔力を帯びている。
ここでしっかり現金化できるかで、エミリアの行動計画は大きく変わる。
魔術品を扱う店は安全上、かなり密集していた。
そのエリアに入ると外よりも遥かに濃密な魔力を感じる。
親切なガイドブックのおかげでエミリアは迷うことなく目的地へと到着できた。
「……ここでいいのよね」
目的の石造りの建物は恐ろしく間口広く、ところどころ苔むしている。
古風で格調高い。エミリアの脳裏に銀座の宝石店が思い浮かぶ。
店の入り口には銛を持った筋骨たくましい漁師と美しい人魚のふたつの像。
イセルナーレを象徴する、立派な彫像だ。
『イセルナーレ魔術ギルド』
中を覗くと、黒のスーツを着こなした従業員。
それにいかにも上流階級の客ばかりだ。
王都でもっとも伝統ある魔術系ギルドの営業店舗であり、ガイドブックによると確かな品物の売買で信頼できるのだとか。
(……確かにぴしっとしていて、安心はできそうね)
売るかどうかは査定を見ても遅くはない。
とにかく取っ掛かりを掴まなければ。
意を決したエミリアは息を吸い、ギルドに足を踏み入れる。
(入ったら、おどおどしないように。足元を見られないよう、堂々と)
背筋をできるだけ伸ばしてエミリアは受付に向かう。
金髪の受付嬢がにこりと微笑んだ。
「おはようございます、お客様。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「魔力を含んだアクセサリーの買い取りをお願いしたいの」
「承知いたしました。では、あちらに」
受付嬢が完璧な笑顔と仕草でエミリアを奥のカウンターへ案内する。
そのわずかな間に、従業員の視線がエミリアへと注がれていた。
エミリアも店に入ってから従業員を見渡す。
従業員のほとんどは訓練された魔術師のようだ。
よく魔力を隠しているが、エミリアの鋭敏な魔力感覚は全てを見通す。
魔術師は魔力をなるべく隠すのが国際的なマナーだ。
他人の魔力は感じすぎると鬱陶しい。そのための礼儀作法である。
エミリアもそれに従い、普段は魔力を抑えきっている。
彼女の魔力隠匿はロダン以外に見破られたことがない。
この中でエミリアの魔力に気づける者はひとりもいないだろう。
奥の黒革の席にエミリアが通される。
「さぁ、おかけになってくださいませ」
「ありがとう」
「では早速ですが、買い取り希望のお品物を拝見させてもらえますでしょうか?」
頷いたエミリアがすました顔でバッグからアクセサリーを取り出す。
ゴツゴツした指輪、装飾が目に痛いネックレス、重すぎるイヤリング。
などなどなど……元夫のうんざりするセンスの代物だ。
正直、買い取りに出すためにテーブルに並べるのでさえ恥ずかしい。
「ふむふむ、かなりのお品物ですね……。即日のお買取りをご希望でしょうか?」
「ええ、できる限り早く現金化をお願いしたいわ」
受付嬢が申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご希望は承知いたしました。しかし、イセルナーレの法によって一定金額以上のお支払いは審査の上、銀行へのお振込みのみとなっております」
「えっ……」
そんな法律があったのかとエミリアは驚いた。
だが考えてみると、現代日本でも無分別な買い取りは犯罪の温床になるということで色々と制約がある。
いきなりやってきた人間の買い取り品に高額の現金を渡すわけがない。
近代レベルの文明国を舐めていた。
(失敗したー……!)
振込を受けるには銀行口座が必要だ。
当然、イセルナーレの銀行にエミリアは口座など持っていない。
(……まっずい)
この受付嬢の言ったことが本当なら、これらのアクセサリーをどこに持ち込んでも同じことだ。即座に現金化はできない。
エミリアの背中に冷や汗が流れ、沈黙が流れる。
その不審さを見逃す受付嬢ではなかった。
「お客様、失礼でございますが――イセルナーレで買い取りをされるのは初めてでしょうか?」
当然、そうなるだろう。
ますます良くない状況に陥っている。
どう言ったものかとエミリアが頭をフル回転させていると――奥からひとりの女性が現れ、受付嬢に声をかけた。
「ラミア、そのお客様はわたくしが対応いたしますわ」
優雅に姿を見せたのは赤髪の美しい女性だ。
すらりと伸びた肢体、切れ長の黄色い瞳は猫科動物を思わせる。
年齢は30歳近くだろうか。
品のある白のドレスを着ており、受付嬢よりも上役なのは明白だった。
受付嬢が素っ頓狂な声を上げ、赤髪の女性に席を譲る。
「……フローラ支店長!? わ、わかりました! 申し訳ございません、続きはこちらの者が対応いたしますので!」
「え、ええ……」
助かった。そう思いながら受付嬢を見送る。
(支店長って相当偉い人よね? どうしていきなり……っ)
支店長と呼ばれたフローラがエミリアの前に座る。
所作のひとつひとつに気品が漂う。
エミリアがごくりと唾を飲み込む。
「初めまして、わたくしはフローラと申します。あなた様は――エミリア・セリド様でお間違いないでしょうか?」
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