11.ロダンの想い
エミリアと別れ、ロダンは王都守護騎士団の詰所へと戻っていた。
王宮内の街並みを一望できる尖塔、そこが王都守護騎士団の本拠地である。
塔に差し掛かると騎士のひとりが最敬礼でロダンを出迎える。
「団長! 今日は休暇と聞きましたが……」
「……まだ休暇中だ。気にするな」
エミリアの離婚調停に必要な諸々――法務官の正式な執行書類は騎士団長室にある。それを取りに来ただけなのだ。仕事に戻ったわけではない。
王都守護騎士団はイセルナーレ六大騎士団の筆頭であり、もっとも格式と伝統ある騎士団だ。
主な任務は王都の治安維持と要人警護。
この治安維持には王都周辺で起こる精霊絡みの事件も含まれる。
精霊は力ある存在だ。
しかも気まぐれで何をしでかすか予測不能である。
怒らせるようなことをしなければ、人的被害が出ることはほぼない。
だが、巨大な精霊は怒り出すと大変なことになる。
(あれほどの精霊が人の前に現れるのは、一年に何度もないことだが……)
今朝、線路上で発見された精霊ペンギン。
もし乗客が痺れを切らせて精霊を怒らせれば、列車自体が鉄くずになっていただろう。
まぁ、イセルナーレの人間も精霊の恐ろしさはよく知っている。
百に一つもそうした事態は起こりえないが、万に一つも起こらせないための騎士団だ。
騎士団長室を開け、戸棚から迷いなく書類を取り出していく。
まずは法務官への委任状と契約書。
それに法務官としての過去の資料もここにある。
ロダンは正確無比な記憶力によって、必要な書類を即座に積み上げていった。
エミリアの結婚式に際し、オルドン公爵家がイセルナーレへ送った報告書。
報告書に基づき、国家として祝意を伝える文書。
同時に法務官からのオルドン公爵への祝意書。祝意書に伴う公的な祝儀目録。
(過去、野蛮な時代には法務官の祝儀をふんだくる輩がいたというが……)
ロダンがすぐにエミリアの事件の本質を言い当てたのは偶然ではない。
過去、実際にこうした事例が存在したのだ。
法務官の実務集――300年前の代物を引っ張り出す。
直近では300年間、エミリアの事件に近しいことは起きていない。
つまり、それほどあり得ない事態なのだ。
「…………」
書類を取り出す中でロダンはふと、大切にしまわれた小箱を見つける。
『ロダンって誤解されやすいと思うの』
小箱を開ける。中に何があるのか、わかっているが。
箱の中にあるのは小さなオパールのブローチだ。
ブローチ自体は高価なものではない。
ウォリスに留学していた頃――魔術大会で学年首位を取った際の記念だ。
その時、一緒に組んでいたのがエミリアだった。
『もっときちんと感情を出して、人に向き合ったほうがいいよ』
『――お前、俺によく構うな。放っておいてくれ』
最初の頃は、決して相性がいいとは言えなかった。
口下手でゆったりと喋るエミリアと鋭く取っつきづらいロダン。
エミリアとロダンが初めて会ったのは、14歳の時だ。
正直、その頃のロダンはお世辞にも付き合いやすい子ではなかった。
驚異的な才能と実家からの重圧。
親同士が約束した、まったく合わない婚約者。
さらに側室生まれの負い目が、14歳のロダンを孤独にしていた。
そんなロダンにエミリアは辛抱強く付き合った。
付き合ってくれた。
『そうはいかないよ』
『何がそうはいかないんだ? 所詮、学年内の魔術大会だろ。本気でやる必要ない』
王都守護騎士団は精霊絡みの事件を扱う。
その関係上、ロダンは精霊魔術のウォリスに留学してきただけ。
馴れ合うつもりは一切なかった。
留学先でもイセルナーレでも。
『本気じゃないと、本気にならないと――』
『…………』
『皆に失礼だし、ロダンもずっと変われないよ』
何か特別なことがあったわけではない。
ただ、エミリアはロダンに向き合ってくれただけだ。
一生懸命、伝えたいことを伝えてくれた。
「……エミリア、君に会っていなければ俺はどうなっていたんだろうな」
才能に振り回され、あの頃はどう生きていいのか見失っていた。
そんな彼に、善意と地に着いた生き方を示してくれたのがエミリアだった。
そしてロダンはエミリアを認めて、変わっていった。
積み重ねの力というものは時に信じられない変化をもたらす。
イセルナーレの海岸も打ち寄せる波で削れ、いずれ変わる。
「本気でやれば変わる、か」
ロダンがオパールのブローチを撫でた。
ほのかに刻まれた魔力で温かい。
結果としてロダンとエミリアは学年魔術大会で優勝して、このブローチを授与された。
ブローチ自体にさほどの価値はない。
だが、意義はブローチを手に入れる過程にこそあった。
そうしたことに気づけたのが、このブローチの本当の価値なのだ。
過程は時に結果より優先する。
その哲学を教えてくれたのがエミリアであり――そんなエミリアをあんな瘦せ細った身体に変えたのがオルドン公爵家だった。
あのエミリアが、あれほど弱ってみえるとは。
住むところもなくしてしまうとは。
そんな仕打ちを受けるいわれが、どこにあったのか?
心が凍てつくのを自覚しながらロダンは呟く。
「……公務に私情を持ち込みはしない」
オパールのブローチを箱にしまい、元あった場所へ戻す。
机の上に置かれた書類は何束にもなり、積み重なっていた。
イセルナーレの法務官は公平にして厳格。
今もって法務官の職務は神聖である。
「だが、イセルナーレの名誉を蔑ろにした罪は存分に贖ってもらおう」
法務官は伝統と法に従う。
オルドン公爵家に祝儀を渡したのは伝統だからだ。
イセルナーレは祝福を求める者に惜しみなく与える。
そして伝統を破った者を咎めるのは法だ。
イセルナーレは罪人へ一切の容赦なく罰を与える。
法務官はなすべきことをなす。
オルドン公爵家の破滅は間近に迫っていた。
ロダンの婚約者ですが、結婚していない今の状況を照らし合わせると……?
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