10.一日の終わり
エミリアとロダンは都合1時間半ほど話をしていた。
エミリアは話をしながらも、ちらちらとフォードを確認する。
彼をおろそかにすることはあってはならない。
しかし当人は全く飽きることなく本に集中していた。
時折、窓から海を見つめるのは魚類図鑑に載っている魚たちを思い浮かべているのだろう。
でもそろそろこの店を出なくてはとエミリアは思った。
壁時計を見ると、時刻は午後2時近く。
(泊まる場所を探さないと……)
エミリアとフォードはこれから泊まる場所を確保しなければならない。
なにせ完全なノープランなのだから。
すんなり見つからない場合を考えると、もう店を出るべきだ。
「ロダン、そろそろ……」
「そうだな。一番に話すべきことは話した。出よう」
エミリアは頷いて同意し、フォードの元に歩いていく。
母の気配を察知したフォードがぱっと振り返り、にこっと笑った。
「お母さん、イセルナーレにはたくさんのお魚がいるんだねっ」
「そうね、綺麗な海が広がっているもの」
窓に映るイセルナーレの蒼海はとても良い眺めだ。
初夏の太陽を受け、鏡のように光を反射させている。
「そろそろ行きましょう」
「うん、わかった! ロダンお兄ちゃん、本をどうもありがとう!」
フォードがロダンに向かってぺこりと頭を下げ、本を返す。
その礼儀正しさにロダンが感心した。
「どういたしまして。熱心に読んでもらえて、本もきっと喜んでいる」
「本当!? そうだと嬉しいなっ」
会計はエミリアも払おうとしたが断られ、全額ご馳走になる。
きっとかなりの金額だったと思うが……余裕ができたらお返しをしなければとエミリアは心に刻む。
(で、ホテルを探さないと……)
ロイヤルブルーの店の外は大通りだ。
どこから探していこうかと思っていたところ、ロダンがふっと声をかける。
「泊まる先はあるのか?」
「……ええと、これから探すところ」
「ふむ……」
ロダンがじっと考え込む。
その一瞬で彼が何を考えているか、エミリアは察してしまった。
「一応、言っておくけど……あなたのお屋敷の世話にはなりません」
「だろうな。考えたが、君ならそう言うと思った」
ロダンが肩をすくめる。
王都守護騎士団のロダンはここイセルナーレの王都に常駐しているはず。
ロダンの地位を考えれば、相当な屋敷があるだろう。
でも、そこまで何もかも世話になりたくはなかった。
もうかなり世話になっているのだが、線引きはしたい。
きちんと落ち着ける場所を見つけ、仕事を探す。
そしてフォードも育てる。それがエミリアの目標だ。
ロダンが大通りの東を指差す。
「ホテルを探しているなら、ここから東のエリアがお勧めだ。あの青い建物が見えるか?」
ロダンの指の先をじっと見ると、確かに青い絵の具をそのままぶちまけたみたいな五階建ての建物があった。
「あそこより東側だ。で、あの青い建物もホテルだがお勧めしない」
「どうして?」
「室内も青が基調で目が痛い。ずっと海で泳いでいる気分を味わいたいヤツ向けのホテルだ」
目を揉むロダンにちょっとだけ笑ってしまう。
泊まったことがあるのだろうか。
「あとは予算に応じて質が上がる。まぁ、君なら変なホテルを掴むことはあるまい」
「ありがとう、で……」
ちらりとフォードを見てからエミリアがロダンに聞く。
「次の話し合いは? どうすればいいかしら」
「俺のほうも動くなら書類を揃えたい。2日ほどくれ。俺の屋敷は、丘の上にある」
ロダンがロイヤルブルーの建物の奥に顎を向ける。
「丘の上は貴族街だ。街の門を守っている衛兵には、君のことを伝えておく」
「わかったわ、ありがとう。じゃあ3日後の夕方18時に行くわ」
「それまでには書類は揃っているだろう、心得た」
ロダンがフォードの目線にまで屈む。
「フォード君、イセルナーレは好きになれそうか?」
「えっ? もうここが好きだよ、僕!」
「ふっ……それは良かった。君は強い子だ」
こうしてロダンと別れたエミリアはホテルを探し当て、泊まる場所を確保する。
海が見えて、白を基本とした落ち着ける良いホテルだ。
「ふぁ~……」
元気だったフォードもホテルの部屋に着くと、すっとお昼寝に入った。
健やかな寝顔を見ながら、エミリアは手持ちの現金を確かめる。
このホテルは値段もそこそこ、1か月は泊まれるだろう……。
だがやはりホテル暮らしをずっと続けるのは無理がある。
早く服やら装飾品、持ち出したモノを現金化して、家を探そう。
そして仕事もだ――精霊術師の経験を活かせる仕事がすぐ見つかればいいのだが。
考えること、やるべきことはたくさんあった。
それでもロダンと再会して、光明は見えたのが何よりだった。
(はぁ……にしても、物凄い一日だったなぁ)
思い返すと本当に怒涛の一日だった。
でもまだまだこれから、しっかりしなくちゃ。
エミリアは夕陽に照らされる海を想う。
この時、のちにイセルナーレの王都で名を馳せることになろうとは、エミリアは想像もしていなかった。
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