8.確信
悲鳴。
突如として現れた完全魔紋。持ちうる家財を何とかかき集め人々は逃げ惑う。
「おい押すなよ!!!」
「早く逃げないと殺されるぞ!」
「彩香!どこにいるの!?すみません!どなたか娘を見た方はいませんか!?」
文字通り混乱に包まれた街。既に魔の手は差し迫った脅威となり、人々を恐怖で支配していた。
雪崩のように押し寄せる人達を避けながら芳賀は突き進む。
ただひたすら魔紋を目指して。
「落ち着いてください!我々が皆さんをお守りします!どうか冷静に!」
芳賀と同じように複数の人が住民に声をかけながら逆走していた。
召集された英雄達だろう。魔族から市民を守るため、住民を誘導しつつ魔紋へと距離を縮めようとしている。芳賀が今いる場所は高台に位置するところで、街を見下ろすと、各所で英雄達と魔族の戦闘が発生している様子が窺えた。
無我夢中で長い坂を下る。途中親と逸れたのだろうか、泣いている子供と遭遇した。
だが、芳賀は止まらなかった。彼の人生において再会を焦がれた存在がきっと待っている。何においても優先すべきもの。それ以外の事象は彼にとって些事だった。
何があっても止まるわけにはいかない。
「きゃあッ!!!!」
住宅街の角を曲がった時に、芳賀は女と衝突した。
思わず尻餅をつく。ぶつかった女も同じように倒れていた。
銀髪、日本人離れした端正な顔つき、透き通るような肌、妖艶な肢体。
思わず目を奪われそうになったが我に返って手を差し伸べる。
「ご、ごめんなさい!!だ、大丈夫ですか?」
「——ちゃんと前向いて走りなさいよ!危ないじゃない!」
女は手を払いのけるとすぐに立ち上がり走り去っていった。
不思議と目で追わずにはいられず、去り行くその背をしばらく見つめていた。
しばらくしてから歩みを進めようとした時、
女がいた場所に青く光るガラス状の珠が落ちていることに気がついた。
ぶつかった時に落としたのだろうか。
「——あとで返そう」
彼女には申し訳ないが、追いかけている時間はない。ただ、その場に置いておくのもちょっと違う気がする。それを拾い上げポケットに入れると芳賀はまた走り出した。
15分は走り続けただろうか。完全に戦闘地帯に入ったと感じるようになった。あちこちで爆音が鳴り響いている。参戦している英雄も相当多い。それほどまでの脅威なのだろう。
「——ッ!」
ぐちゃり。芳賀は何かを踏んだ。
足元に肉片が飛び散っている。あたりを見渡して芳賀は絶句する。
山、山、人間の死体の山。血の海の中に築かれた人間だった何か。
戦闘服を身に纏った複数の人間、おそらく英雄だった者たちも混じっていた。
「ナビ、この英雄達の所属は?」
「——このロゴ、ノーザンブルーね。最近見たでしょう?」
そういえば、あの竜と戦っていた氷を操る男も同じ制服だった。
ノーザンブルー。国内でも指折りの防衛実績をもつ英雄派遣企業だ。
務める英雄達も強者揃いという話はよく耳にする。そんな存在が沢山死んでいる状況はハッキリ言って異常だった。
だが、同時に芳賀の仮説は確信へと変わっていった。
この先に奴はきっといる。