Episode-3
先日、踊り子のルナの可憐で艶やかな踊り、透き通った瞳を見て以降、ディルクは心を奪われたままだった。
―彼女に逢いたい
―彼女と話をしたい
執務の合間でうつつを抜かす主に向かって、ため息混じりで対応する1人の側近がいた。
「ディルク様」
「…………」
「ディルク様っ!!」
「…はっ…バーメル、…居たのか」
「先程からお声をかけておりました」
「…すまない」
「本日はハンナ様がお見えになられます。くれぐれも、くれぐれも態度にはお気をつけ下さいませ」
「あぁ…」
「はあぁぁ」
長年、側近として王太子を支えてきたバーメルだったが、ここ最近の王太子の態度にはヒヤヒヤしていた。
―これも全てあの時以来だな
たった一夜で王太子を変えてしまった1人の女性を思い浮かべながら、バーメルは騎士団の元へと踵を返した。
その日の夜。
王太子の元を訪れたバーメル。
部屋の前でノックをした後、主に向かって少し大きめの声を出した。
「ディルク様、バーメルです。本日の報告に伺いました」
「…入れ」
「失礼いたします」
いつものように多くの書類に目を通す主の姿を見て安堵するバーメル。
「ディルク様、本日はいかがでしたか」
「特に何もない」
「何も…ですか…」
「バーメル、お前はどうしてそこまでハンナに拘るんだ」
「ハンナ様はこれまで長年妃教育を受けられています。この国に相応しいお方です」
「何が言いたい」
作業していた手を止め、ディルクはバーメルを睨み付けた。
背筋が凍るような鋭い視線にバーメルは息をのんだ。
「お前が言いたいことはわかる。この国のことを考えればハンナは申し分ない女性だ」
「では」
「だが!!私はどうしてもあの時の踊り子に逢って、話がしたいんだ」
「どこの令嬢かも、わからないのにですか」
「そうだ」
「…一国を統べるお方のお言葉とは思えませんね」
「お前ならわかるだろう」
「ええ、そうですね…」
長年、王太子の側で仕えてきたバーメルは誰よりも彼のことを理解していた。
ーご自身で決めたことは最後まで貫き通す、言い換えるとするならば、“頑固”という言葉がこの方にはしっくりくる
そう思うながらバーメルは主の姿を見つめていた。
「私のことを理解しているお前に頼みがある」
「何でしょうか」
「踊り子のことを調べてほしい」
「…わかりました」
「なんだ、えらく素直だな」
「断っても諦めないのでしょう」
「よくわかっている」
「こちらで調べは進めさせていただきます」
「ああ、頼んだ」
にこやかに笑みをこぼす主の姿に、バーメルはこの先もこのお方の我儘に翻弄されながらも、ともに歩んでいこう、と心に決め部屋を後にしたのだった。
虎娘『今宵はあなたとともに Episode-3』
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