Episode-2
時は遡ること――、数ヵ月前。
隣国の視察も兼ねて、ディルクはサバナーク王国を訪れていた。
出迎えたのはサバナーク王国の近衛騎士団長。
「ようこそお越し下さいました、ディルク殿下」
「今日はよろしく」
ディルクの訪問は王国内でも限られた人にしか知らされていなかった。
それは、彼が隣国の王太子であり、いつ、どこで暗殺者に狙われるかわからないからだ。
普段から外出しない王太子が、視察のために移動するともなれば、誘拐や暗殺の対象ともなり兼ねない。
案内された場所へ向かい、到着した先で目にしたのは、サバナークが誇る騎士団が一件の店の周囲を取り囲んでいる様だった。暗殺者と内密に連絡を取ることだって容易であるため、騎士団の護衛にもより一層と力を入れていた。
「こんなにいるか?」
「これでも少ない方です。今宵は特別ですので」
「…そうか」
腑に落ちないディルクだったが、隣国が決めたことに口を出すのはご法度だと思い、この件に関しては言いとどまった。
中へと入ると、薄暗い雰囲気の中、どこか怪しげな空気を纏う踊り子たちがステージで舞っていた。その様子を見つめる1人の人物こそ、サバナーク王国第1王子のナイル・アッサム。
今回の視察でこの場所を指定したのも彼自身だった。
彼の近くへと歩みより、ディルクは声をかけた。
「ナイル殿」
「よくぞお越し下さいました、ディルク殿」
「…ここではなくとも良かったのではないでしょうか」
「ははは、そう言わずとも。今宵はこの踊り子たちとともに過ごしましょう」
ナイルの隣へ胡坐をかくように座ったディルクに対し、盃を持つように促した。注がれた液体をまじまじと見つめるディルク――。
何かを感じたナイルは、自身の盃に入れていたものを飲み干し、ディルクに注いだものと同じものを盃へと入れ、彼の目の前で口へ含んだ。
「この通り、毒は入っておりません」
「…疑ってはないのですが」
「そのお気持ち、わかりますよ。立場が故に…我々も大変ですな、命がいくつあっても足りないですよ」
初めて会ったときから人柄の良さに好感を持っていたものの、王太子という立場を考えると、いかなる時にも疑わざるを得ない…。
そんな複雑な気持ちを抱えながら盃に口を付けた。
お互いの王国内の情勢について話をしていると、これまで流れていたメロディとは違う音が聞こえてきた。その音に合わせて1人の踊り子が出てきた。
「ようやくお出ましですな」
「あの踊り子…ですか」
「ディルク殿はご存知ありませんか」
「…恥ずかしながら存じ上げません」
「月下の舞姫、踊り子の中でも一目置かれるお方です」
「そうなのですね」
そう言われ、ふとステージへと目を向けると、口元は布で隠しているせいか、はっきりとした顔たちはわからないが、艶やかに踊る1人の女性がそこにはいた。
ーなぜだ、彼女から目を離せない
月下の舞姫と言われる彼女からしばらく目を離せないでいると、ふと彼女と視線が合った。
しばらく見つめ合うようなかたちとなり、かなり時間が過ぎたかのようであったが、それは一瞬の出来事だった。
「ナイル殿、あの方は…」
「我々が把握しているのは、名はルナ。踊り子として転々としていること…くらいしか情報を持ち合わせておりません」
「どこの令嬢かもわからないのですか…」
「それがわかればね…」
秘密が多い踊り子ルナ。
ディルクはそんな1人の女性に、一瞬で恋に落ちたのだった。
虎娘『今宵はあなたとともに Episode-2』
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