Episode-1
暖かな日差しが差し込む中、カルメラ家公爵令嬢のハンナは馬車に揺られ、王太子が待つ城へと向かっていた。
アルジーム王国の王太子である、ディルク・ルーカスとハンナは幼い頃より親しくしていた。公爵家の名に恥じないよう妃教育を受け、いずれは王太子妃候補として城での生活が始まる、今回茶会へと誘われたのは、その日取りを決めるためだとハンナは思っていた。
馬車が目的地へと到着した後、王太子直属の騎士であるバーメル・トランジールにエスコートされ、庭園へと足を運んだ。
「ディルク殿下、ハンナ様をお連れしました」
「そうか、ご苦労」
庭園が一望できるガゼボに設けられた、白を基調としたテーブルと椅子。足を組み、椅子に腰掛けアフタヌーンティーを味わっていたディルクは、バーメルに対し労いの言葉をかけた。
「ごゆっくりと」
執事に案内されたハンナは、ディルクが座る向かい側の席へと腰掛けた。
「ごきげんよう、ディルク殿下」
「ああ」
ディルクは普段から愛想が良い方ではないが、いつもよりも増してそっけない彼の態度に違和感を感じていた。そんな彼を気にかけながらも、ハンナは今日まで過ごしてきた事を彼に話した。妃教育で学んだこと、親しい令嬢とのお茶会をしたこと、新しいドレスについて…。
時折相槌は打つものの、何を話しても上の空である彼に対し、ハンナは尋ねた。
「殿下、何かお困りのことでもあるのですか」
「…そう…だな」
しばらく沈黙が続いた。
手にしていたティーカップを置き、ディルクは口を開いた。
「君には話しておかないといけないな」
彼の言葉に期待するハンナ。
―きっとこれは殿下からの城へのお誘いだわ
緊張しながらも、淑女としての振る舞いを欠かさないよう表情を引き締め、爽やかに茶葉が香る紅茶を口に含んだ。
「今度、夜会を開くことにした」
「そうなのですね」
「君にも招待状を送る」
「ええ、お待ちしております」
途切れる会話…。彼の言葉を待てど、何の反応もない。
ちらりと彼の方を見ると、一瞬目が合った、がすぐに逸らされた。
「…殿下」
「悪い」
「何か仰りたいことでもあるのですか」
―殿下、もしかして言うのが恥ずかしのかしら。わたくしなら心の準備はできてますのに
「…せっかく足を運んでくれたんだ、…ハンナ」
「はい」
手に持っていたティーカップを置き、ディルクを見つめるハンナ。
―ようやく殿下と婚…
「ある女性を探しているんだ。ハンナは知っているかな」
―ある女性…ですって
プツン。
彼女の中で何かが切れる音がした――。
虎娘『今宵はあなたとともに Episode-1』
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