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入学式

《これは、君が世界を救う物語。》

金と権力と暴力は、今日から無意味! 強さは、人の夢見る力によって決まる!

世界を一夜で変えた、「退屈病」の蔓延。人間は、退屈すると、死んでしまうようになったのだ!

娯楽は、生命にとって、酸素に等しい。エンタメで感動し、感動させることは、今や生きるために必須の事柄。

ーそして、君には、そんな世界を救うことができる希有な才能がある!

 田舎から密航してきた《君》は、貧しい故郷をエンタメで復興し、人々を救うため、

エンタメ総合学園シェヘラザードへ入学。

だが、そこは、最底辺の落ちこぼれ島流しのクラス。

やたら性格に問題有りの、可愛くて、かっこいい変人奇人の巣窟だった!


美男でもあり美女でもある不老不死の校長先生。

全世界の男を支配せんとたくらむ女王様の卵。

エンタメ財閥の嫡男にして、エンタメ才能が皆無の息子。頭蓋骨粉砕カンフー美少女。苛烈なる幼女先輩、などなど。出会う全ての生徒、教師たちが、《君》の心をつかもうとあの手この手で迫って来る!


世界を覆う『退屈病』……『死に至る病』を癒すには、魂を揺さぶるエンタメで人を感動させるしかない!

《君》が世界を救え! 雲よりも遥かな大風呂敷を広げて、宇宙に羽ばたけ!生命を賭けて遊べ!ドリーム・アンド・ダイ!

希望に胸をふくらませたカモたちが、料理されるために、煮えたぎる鍋めがけて、よちよち、坂を登ってくるー


そんな風に、純真可憐な少年少女たちが、ピカピカの心と肉体と共に、校門をくぐってやって来た。


《エンタメ総合学園シェヘラザード》

国内随一のエンターテイナー養成のための教育施設である。


敷地面積は、一都道府県の大半を占める。

今日は、そんな世界でも有数のエンタメ戦士養成の学園の入学式。



新入生たちは、みんなひどく緊張していて、まともな歩き方を忘れてしまったのか、雛鳥のように、転んだり、額と額をぶつけあったりしている。


数万人が参加する歓迎の式典では、まず校長先生の挨拶があった。式典は全世界にLive配信されている。


校長先生は男性とも女性ともつかない、美しい人だった。どう見ても人間ではない。

天使か堕天使だけが持ちうるような、この世のものではない美貌の持ち主だった。

その頭上には、七つ星(プレアデス)と月のような天使の光輪が常に輝いている。


校長先生が春のそよ風のように花の薫りを漂わせて歩くと、男子生徒女子生徒たちは、香りを嗅ぐために大きく息を吸い、気が遠くなり、ハエのようにバタバタと失神して倒れた。


校長が壇上に上がるとき、全校生徒たち、教師たち、来賓の者たちは、みな胸をときめかせて立ち上がった。

その中でも熱心な信者たちが、席を蹴って、大勢で舞台の下に殺到した。

「WE LOVE!PRINCIPAL!」(校長先生愛してます)と書かれた横断幕を広げている。


「下がれ!下がらんか!厳粛な儀式の場であるぞ!」

血の色の腕章をした生徒会役員が、とがめるように叫び、ホイッスルを吹き鳴らした。


すると、生徒会所属の、重武装警備部員たちが続々と現れた。風紀を取り締まるための武闘派組織である。

ドカスカボコバキ! 大乱闘が始まった。

警備部員たちは、段ボールの盾と新聞紙をまるめた警棒で、正気をうしなった信者たちを滅多打ちのタコ殴りにしている。


信者のひとりが黒板消しを両手で叩いて、白い煙を立てて、生徒会を攪乱しようする。視界不良になる。その白い闇を、紙つぶてが、教科書が、上靴が、チョークが、パンツが飛び交う。


校長先生は、その混乱の様子を穏やかに眺めながら、腕を組んで、片手を頬に当てて、優雅な仕草で首をかたむける。


「みんな。おねがい。しずかにしていてね。あとで、ご褒美あげちゃうから。」


「はい!はい!はい!」信者達は挙手し、先を争って、肩で押しのけ合いながら、餌に殺到する鯉の群れのように席に戻って行く。


「おりこうさんね。みんな、心から愛してるよ。」

キスを投げる。天国のような、地獄のような味のキス。


ため息のような音が体育館中に立ちこめた。熱狂する信者達が意識を失う。桃色の魂が、彼らの口と鼻の穴から抜けて、天に昇って行く。


校長先生は、席にかしこまっている新入生たちをまっすぐに見据えた。


そして、突然、シャウトした。

臓腑(ぞうふ)を揺るがすような、泣きたくなるような、魅惑的な声だった。

先ほどまでの優美さはかけらもない。鬼のような気迫が嵐のように寄せてくる。


『退屈=死!!』


 ビリビリと、空気が震撼する。


『あの日から!我々人類は奴隷となった!退屈という名の、死に至る病に!

 退屈すれば、倦怠はやがて、手足を石に変え、脳をくさらせ、体を植物の苗床に変えてしまう。

 医療も、奇跡も、科学も、無意味だった。なんら、功を奏することはなかった。



なぜだ!なぜ我々が、こんな理不尽目に遭わねばならぬのか!

一体何が、我々をこんな絶望から救ってくれるのか!』


 

今や校長は稀代の革命家のように(げき)を飛ばし、拳を振り、生徒たちを圧倒している。


『 《エンタメ》だ! ただエンタメだけが、魂を震わせるような感動だけが、人を人たらしめる。

退屈病による犠牲者を、癒してくれる。


諸君も、あるいはその家族を、友を、隣人を、退屈の病によって失っているだろう。



わたしもだ! この胸に空いた空虚あなは、ただ戦いのみが、埋めてくれる!



退屈に、膝を屈するな! 倦怠を、魂の火で焼き尽くせ!


諸君はエンターテイナーの卵である! この退屈病という暗雲に閉ざされた世界に、


晴れやな蒼穹(あおぞら)をもたらしてほしい。


世界を救うのは、《君》だ!』



誰もが、校長が、自分の瞳を真っ直ぐに見つめて、そう語りかけてきたと感じた。


フッと息を吐くと、校長先生は豹変して、元の穏やかな、花束のような笑顔の凛々しい顔に戻った。


まるで、突然、地獄の北極から天国の春に来たようだった。生徒たちは、安堵の息を吐いた。

まるで校長先生が二人いるようだった。

  

校長先生は、にこやかに話を続けた。

「今から、あなたたちに、ここで自己紹介をしてもらいます。

ただの自己紹介ではありませんよ。ここにいるのは皆、ひとりのエンターテイナーであり、同時に観客でもあります。我々を魅了してください。楽しませてください。わたしたちを、笑わせて、泣かせて下さい。だって、ここは既にステージの上なのですから。」


ひとりの少年が声高く名乗りを上げた。

皆の視線が右往左往した。声の主は二階席にいた。体育館のトレーニング用のロープにつかまって、にこやかに手を振っている。それから、手すりに身を乗り出して、雄叫びをあげて二階席から飛び降りた。ロープは風を切って、体育館を縦横にかけめぐった。


生徒達は悲鳴をあげながら、頭の上をかすめて飛んで来るその少年を間一髪で避けた。少年は一度バスケットゴールに背中を強打してから、さらにはずみをつけて、反対側の天井近くまでのびあがると、振り子のように一挙に壇上へ急降下した。

少年は華麗に飛び降りて、顔面から壇上に着地した。鼻柱から火花が散って、壁に激突して止まった。


少年は立ち上がった。

「矢崎恭一です!俺は、日本一のエンターテイナーになって、故郷のさびれた商店街に、おおぜいの観客を呼び込んで、じじじやばばばを大喜びさせたいです!」

どばどばと流れ出る鼻血もぬぐわずに、矢崎恭一はにっこりと笑った。


矢崎少年は、背負っていた布製の巨大なリュックを地面に下ろした。故郷の名所のステッカーや、寄せ書きや、じじじやばばばたちの祈りをこめた刺繍がところせましと埋め尽くしている。その中に手を入れて、何かを掴み出す。

「それっ!」

色とりどりの餅だ。餅を手摑みで、四方八方にばらまいている。

呆然と見上げる生徒達の額に、餅がバチバチと当たって跳ね返る。


「なるほど。観客の心と胃袋を同時に掴もうというのね。」

リムレスの眼鏡の怜悧そうな女性教師が、クククと笑いながら、

「七輪用意!生徒の真心を、焼いて食うわよ!」

はーい、と上級生たちが七輪と炭の用意を始める。

「うまい!次!」餅を嚙んで長々と伸ばしながら、眼鏡の女性教師が促す。


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