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「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!」
青年は腹を抱えて笑うと、大きく乱れた息のままにこう言った。
「どっちが強いかの決闘をしてたせいで到着が一日遅れて、しかもバレて隊長から大目玉喰らうとか!お前等って本当にバカだよな!紛うことなきバカだわ!」
青年の名はテグラ。
だんだら模様の法被と足袋、頭にはバンダナを巻いたその青年は、苦しそうに呼吸を繰り返しながら爆笑を続ける。
当事者であるザハとヴァ―イは、頭に大きなたんこぶを作りながら、地面の一点にのみ視線を集中させていた。
「しかもそれで、サオリさんが倒してくれた魔獣が再生成されたのに気付かないって!普通にしてたら気づくだろそんなの!どんだけ必死だったんだよ!」
ゲラゲラと笑うテグラを前に、ザハとヴァ―イは目線のみで言葉を交わす。
(後でボコそうぜ)
(乗った)
テグラはザハよりも少し年上だが、冒険者としての歴はそれほど変わらない。
実際この三人は仲のいい友人であり、共に苦楽を分かち合う同志でもあった。
そんな三人を他所に、別動隊の先頭を任されていたサオリは、ある人物に声をかけた。
「お疲れ、キツバ。調子はどう?」
声をかけられたキツバは、一瞬だけ驚くと即座に姿勢を正してこう答える。
「はい。特に問題ありません。心遣い、感謝します」
「ちょっと硬くない?もう少しだけ気楽にしてくれていいのに」
「いえ。あのメツバ様の師匠であったサオリ様に、そのようなことは…………」
「そっか、そう言えばあの子に憧れてるんだっけ。でも悪いけど、私はそんなに大したことしてないよ」
サオリは小さく肩を竦めると、ふと視線をある方向に向けた。
「そういや、アデルナハトさんは?姿が見えないけど」
「あの人は調査に赴いているそうです。転送魔術が使える場所がないか、調べたいと」
「なるほどね。んじゃ、まだ出発しないかな」
「話によると、既に下の階層に向かっているみたいです」
「まぁ、あの爺さまのことだし、ほっといても平気でしょ」
大きく背伸びをしたサオリは、キツバの背後に立つ少女に気が付き声をかける。
「久しぶり、シルラ。また背伸びたんじゃない?」
「…………」
口を閉ざしたままサオリを見上げる少女の名はシルラ。
元はザハと同じ孤児だったのを、ヴァ―イが拾いチームに加えた人物である。
性格は寡黙で無口。
基本的にカルテラとヴァ―イ以外には口を開くことはなく、基本的に単独で行動することが多い。
また、外見に全く拘りがない為、基本的には薄汚れた布で胸と腰回りを隠している。
シルラは乱雑に切られた髪を小さく揺らしてお辞儀をすると、すぐさま二人から離れてしまった。
その背中を眺めていたキツバが、ふぅと小さくため息をつく。
「その様子じゃ、やっぱりダメだった?」
「はい。終始黙ったままでして、私もどうしたらいいのかさっぱり…………」
サオリは別行動をとるキツバに、シルラのことを気にかけてほしいと頼んでいた。
それを忠実に果たしたからなのか、シルラはキツバ越しにサオリへと話しかけてきた。
キツバは失敗したと思っている様子だが、少なくとも前は近づくだけで逃げ出していた。
あとで目一杯労おうと、サオリは静かにそう決める。
「やぁやぁやぁやぁ、麗しく可憐で美しいお二人さん」
「げ」
どこぞの劇団員かと疑いたくなるような口上を聞いたサオリは、まるで蠢く虫を見つけたかのような表情を浮かべる。
「黙れ何も言うなうるさいから」
「あぁ、手厳しい!でもそこが、実に美しく素晴らしいね!うん!」
思いつく限りの暴言を吐いたつもりなのに、この男にはまるで通じていない。
サオリは満面の愛想笑いを浮かべたまま、キツバにこう提案する。
「ねぇキツバ、コイツ縛り上げてどっかに放置しない?」
「素晴らしい案ですね。お手伝いします」
「はっはっは!実にセンスの光るジョークだ!提案前に精霊を呼び出す辺り、実に素晴らしい!うん!」
彼の名前はオルグル。
無駄に整った顔立ちとスタイルのせいで、常に女性から言い寄られる男で、しかも大の女好きの遊び人という、実に傍迷惑な人物である。
別段、彼がどこで何をしていようと勝手なのだが、ある時は自称婚約者が殴り込みに来たり、またある時は自称恋人が大砲を担いでギルドに乗り込んできたり。
事あるごとに大きなもめ事を起こすせいで、チーム内でも非常に嫌われている。
オルグルはキツバからの殺気に気付いたのか、高笑いを浮かべ後ろ歩きで去って行ってしまう。
その折にラフェールとぶつかり、遥か遠くに殴り飛ばされるのを見て、二人は静かにハイタッチを交わした。
「野郎ども聞きなッ!これから方針を発表するッ!」
ラフェールの号令に、百人近い人間が一斉に顔を向けた。
「転送魔術の敷設は不可、しかも魔獣の生成速度も速く、更に一定時間の滞在で更に凶暴な魔獣が現れるのが判明した!」
「…………マジか」
ザハの呟きに、ヴァ―イもまた深刻そうな表情を浮かべる。
「よってこれより、我ら『フェンリル』は下層への移動を行う!目標地点は第四十層『森林山脈』!そこで目的通り、中継基地の設営を実施する!」
ラフェールが八傑に選ばれた理由は、ダンジョン内に拠点を構えるという発想を実現させた功績にある。
元はダンジョンの一つである『星眠る都』への挑戦方法から着想を得た案で、結果的に半数近くの犠牲者を減らすことに成功していた。
そして第四十層は、ラフェールが開拓し危険が少ないことが確定している数少ない場所。
大量の食糧と、建材に転用できる荷車がある今、更なる中継拠点を構える絶好の機会だ。
「それでは、別動隊の皆さんは担当の荷車への移動と準備を。先遣隊は半数に分け、階層の制圧と別動隊の補助に回ってください」
「制圧班はついてきな。すぐに行くよ」
カルテラとラフェールの指示により、『フェンリル』の全員が一斉に動き出す。
「さーて、面白くなってきた」
「だな」
「私語は慎め、警戒を怠るな」
拳を合わせるテグラとザハに、ヴァ―イがいつものように注意をかける。
「それじゃ、行きますか」
「援護は任せてください」
「…………」
サオリの後に続くように、キツバとシルラが左右へと並ぶ。
キツバは思う。
きっとこれが、人生の中で最も楽しい時期だったのだと。
様々な問題は確かにあった。
でもそれは、まだ遥か遠くに見えるだけで。
多分誰も、それが自分たちに訪れるなんで微塵たりとも思っていなかった。
(……………………懐かしい、記憶だ)
時間は戻り、現在へ。
キツバはザハとスーと一緒に、馴染みの仕立て屋へと向かっている。
(ラフェール、カルテラ、ザハ、ヴァ―イ、テグラ、オルグル、アデルナハト、サオリ、シルラ、そして、私)
当時の『フェンリル』の中核を担っていた十人。
これだけの人材が集まるチームを、キツバは他に知らない。
そして。
ある人物の死をきっかけに、チームが崩壊することを。
あの時の私は、知る由もないのだった。