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「それで」
ぎろりと、その女性は隣に立つ男を睨んだ。
すらっとした体型に、右手には水晶が埋め込まれている杖が握られている。
ワンピースに近い形状の服を身にまとい、水色の長い髪を三つ編みにまとめていた。
「これはどういう状況なんだ?」
「スーです。よろしくおねがいします」
スーは立ち上がりぺこりとお辞儀をすると、真っすぐキツバの瞳を見つめた。
キツバはその様子を眺め、後ろに立っているここに連れてきた人物を睨む。
「説明しろ」
「だから、ダンジョンで子供拾ったから服を見繕ってくれね?って言ったんだけど」
「それで説明になっていると思うのか?一ミリも分からないのもそうだが、その返答で理解できる奴は誰一人としていないと思うが」
「そー言われてもなぁ…………俺も知ってるのはそこまでなんだよ」
キツバの苛立ちは尤もなのだが、ザハとしても説明できるところがそれくらいしかない。
これ以上何を言えばいいのか考えていると、ポツリとスーが呟いた。
「めいわく?」
スーはどこか困った様子でキツバを見つめると、キツバは額に手を当て大きくため息をついた。
「迷惑ではなく困惑しているだけだ。それと、私はキツバという。スーでいいか?」
「うん、きつばさんってよぶね」
スーは再度ぺこりとお辞儀をすると、ベットに腰かけザハに目を向けた。
「ともだち?」
「少し違うが、大体はそんなとこだ」
「仕事仲間が正解だが、そもそも仕事が何かも知らないか」
キツバはそう告げると、近くにあったカーテンを取り外して彼女の体を包んだ。
「全裸で二人きりでいたことは不問にするが、それではおちおち外も歩けないな。かといって適切なサイズの服も持ち合わせてないが」
「そーなんだよ。だから来てほしかったわけ。いきなり子供服欲しいから買ってきて、なんて言ったらどうするよ?」
「変態が出たと通報するな」
「勘弁してくれ」
二人は適当に会話をしつつ、キツバは脳内で情報の整理を済ませていた。
スーは包まされたカーテンが肌に合わないのか、しきりに微調整している。
多分キツバは服の代用品になればと思ったようだが、やはりと言うべきかまるで意味を為していなかった。
「仕方あるまい。とりあえずは服屋に行こう」
「おいおいマジか?この状態でどうやって連れてくんだよ?」
「こうすればいい」
キツバはスーにその場に立つよう促すと、右手に持っていた杖の先端をひらりと振る。
直後、ふわりと一筋の風が起こった。
姿を現したのはキツバの髪と同じ色の狐だった。
体長はスーよりもずっと小さく、ほんのりと光を帯びている。
「『風よ、集え』」
キツバはそう呟くと、す狐はスルリとスーの体にまとわりつき、ふわりとその輪郭が崩れた。
そうして現れたのは薄緑色のドレスに身を包んだスーだった。
肩に紐をかけている構造で、スカートはフリルとなっており、足元には同じ色のヒールまで履かれている。
頭には一輪の花をあしらった髪飾りもあり、床に触れるほどに伸びた髪はまとめることで少しだけ宙に浮いていた。
「へぇ。そんなことまでできるのか」
「元々、精霊には決まった姿はないからな。召喚する際に向こうの意志を汲んで姿を決めるが、これはその応用さ」
キツバの契約する精霊の加護は『隠匿』である。
これは特定の物や人を、あらゆる干渉から逃れる効果を付与させるもので、その形を定め皮膚を隠すことで疑似的な服を生み出したのだ。
スーはどこか困惑しながらも、確かめるように手足を動かし、髪飾りに触れた。
「これ、ふく?」
「あぁ。あくまで本物の服を買うまでの繋ぎだが、着心地はどうだ?」
「…………すごく、あったかい」
「風で熱を遮断してるからな。と、少し難しいか」
苦笑いを浮かべるキツバに首を傾げると、スーは隣に立つザハにこう尋ねる。
「どう?」
「ん?え、俺に感想を求めてるのか?」
「うん。にあう?」
相変わらず表情の読めない顔をしているが、どことなく頬が赤い。
どうやら気に入ったらしく、嬉しさから感想を求めている様子だった。
(こういうの、俺苦手なんだよなー)
ザハは少し考えると、どこか他人行儀になりながらも口を開いた。
「あーーーーー、うん。似合ってると思うぜ」
「やった」
「それは何に対する喜びなんだ?」
小さくガッツポーズをとるスーに向けて、ザハは呆れる様子でそう突っ込んだ。
一連の様子を眺めていたキツバは、どこか感情の無い声でこう尋ねる。
「一つ聞くが」
「お、おう。なんでそんな怖い顔してんだよ」
スーは着させられた服を確かめるようにあちこちに触ると、くるくるとその場で回りだす。
そんな可愛らしい無邪気な光景に目もくれず、キツバは言った。
「お前、そういう趣味なのか?」
「…………気のせいじゃなければいいが、なんで杖を構えてるんだ?」
ピシリと。
心無しか建物全体が大きく軋んだ。
「さてな。どこぞの誰かが、部屋に全裸の子供を連れ込んで年齢を聞いたなんて話を耳にしてな。もしそうなら、実に有害な変質者だ是非とも駆除しよう慈悲はない」
「いやいやいやいや、だから違うんだって!確かに最初に年齢は聞いたけど、それは気になったことが、ってっっ!?!?」
直後、ザハの体は建物の遥か上空へと打ち上げられ。
スーの服探しという目的は、大きく遅れることになるのだった。