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「で、だ。いくつか聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいか?」
「いいよー」
スーと名乗った少女は、どこかのんびりとした声でそう答える。
「名前と年齢以外で、覚えてることとかあるか?例えば、家族とか家の場所とか」
「かぞくは、いない。いえは、まっしろ」
いない、という言葉に僅かに表情を動かしたザハは、その後の言葉についてこう尋ねた。
「真っ白ってのは?」
「…………そのまんま。ぜんぶがしろいろだった」
(…………ダンジョン、ではねぇな。自然環境とは思えねぇし、どっかの施設から誘拐でもされたってことか?)
外見が真っ白な建物なら確かにあるかもしれないが、内装まで真っ白な建物なんて聞いたこともない。
そもそも、よほど白が好きでもない限り、そんな家にする必要性は全くない。
「ざは」
「ん?どうかしたか?」
「ざはには、かぞくはいるの?」
真っすぐな瞳でそう尋ねられると、ザハは間髪入れずにこう返す。
「いや、記憶にある限りはいないな。家はこの街にある建物の一室を借りてる」
「そっかー」
「それで?なんでそんなことを?」
「きかれたから、きいただけ」
言われてみれば全くのその通りであり、ザハは思わず内心で同感してしまう。
そこで一度話が途切れてしまったので、改めてザハがこう尋ねた。
「どうしてここにいるのか覚えてるか?」
「んーん。めがさめたらここにいたよ」
「了解だ。となると、まずは服が要るな」
立ち上がり部屋を去ろうとするザハの裾を、スーがギュッと握る。
「…………ここに放置なんてしねぇよ。少し仲間に連絡するだけだ」
「かえってくる?」
「ここ、元々は俺の部屋なんだ。だから安心して待ってな」
どこか躊躇うように手を離したスーの頭を撫でると、ザハは部屋を後にした。
そのまま階段をゆっくりと下ると、途中の踊り場に見知った顔がいた。
「なんか用かよ?」
灰褐色の髪に、二メートルを超える体躯。
隆々とした筋肉には生々しい傷跡がいくつもあり、その眼光は狼のように鋭い。
「報告を受けて来て見れば、ずいぶんと物好きになったみたいだね」
名を、ラフェール。
ギルド『明星の狼』の長であり、八傑の一人。
周囲から『灰狼王』と呼ばれ、人間離れした身体能力と直感を備えた、まさに怪物の一人だった。
「俺が人助けするなんて珍しくもないだろ?」
「そりゃそうだが、まさかいきなり年齢を聞くなんてね。そういう趣味だとは知らなかったよ」
やたらと似合わない神妙そうな顔を浮かべるラフェールに、ザハは思わず噛みつく。
「違ぇよ!言っとくが俺は背の高くて綺麗な女性が好みだわ!」
「…………アタシもあと五十若ければ、その誘い文句にも乗ってやれたんだが」
「口説いてねぇわ!つーか、誰がババァなんて口説くかよ気色悪い!」
「なんだと!?アタシじゃ不満だってのかい!?」
「ババァが先に言い出したんだろ!?」
塀越しに吠え合う犬のような不毛な言い合いを済ませると、先に息を整えたザハがこう告げた。
「もしかしたらここの孤児かもって思っただけだ。それ以外に理由はねぇ」
「そうかい。まぁアタシがどうこう言えた義理じゃないし、好きにしな」
「言われなくてもそうするわ。つか、盗み聞きしてたんだったら先に言えよ」
ラフェールはその巨躯からは想像できないほどに気配を隠すのが上手く、背後に忍び寄られて驚かされることはしょっちゅうあった。
どうやってこの巨体の圧を消しているのかまるで分からないが、本人曰くなんとなくらしい。
「気づけないアンタの力量不足じゃないのかい?そんなんで──────」
「分かった。それ以上は言うな」
やや強引にラフェールの話を遮ったザハは、音を立てて階段を降りていく。
そのすれ違いざまに、ラフェールはこう耳打ちをした。
「あの魔眼、恐らくは本物だろうね」
「…………根拠は?」
「勘さ」
「なら当たってるな」
やはりザハの見た通り、本物の魔眼なのだろう。
それを既に知っているということは、先ほどまでのやりとりを覗き見ていたに違いない。
そこまで考えたザハは、ふと気になった話を尋ねてみる。
「真っ白な建物って聞いて、心当たりはあるか?」
「ないね。そんな悪趣味なもん、普通なら作らないだろうさ」
ラフェールの言葉には、どことなく含みがあった。
悪趣味だと断言しているということは、少なくとも悪趣味である誰かなら作る可能性がある、ということ。
そして瞬時に、ザハは該当しそうな可能性を思いつく。
「ドラグニル家か」
「心当たりがあるとすればの話さ。今のところ、確証なんてどこにもありはしないよ」
そこまで言うと、ラフェールは階段を上がっていってしまう。
残されたザハは、乱雑に頭を掻くと、やや駆け足で階段を降りて行く。
(三大貴族の一派、か。こりゃ、想像以上に厄介なもん拾っちまったかもな)
階段を一気に飛ばし、あっという間に一階へと辿り着く。
ザハは受付の窓口に向かうと、目的の人物の行方について尋ねるのだった。