1
ダンジョン。
それはある天才鍛冶師が築き上げた、七つの構造物。
人工的に再現された魔獣がひしめき、摩訶不思議な遺物が散らばる神秘の箱庭。
だがそこは、凡人が踏み入れるにはあまりに危険が多く。
そこに挑む者たちを、人は『冒険者』と呼び。
ダンジョンを管理するために集った集団は、ギルドという組織を形成した。
彼らは五つの階級で分類され、昼夜問わずにダンジョンに挑み。
その頂点に立つ者を、その実力に敬意を表して『八傑』と名付けた。
これは、そんな誰かの物語。
ある男が、全裸の少女と出会うことから始まった。
別離と覚悟の物語である。
「──────マジで疲れたなぁ~」
エルフィン王国の領土。
王都から少し離れた位置で、一人の男が大きく背伸びをした。
黒ブチのある白髪をバンダナでたくしあげ、作務衣は泥で汚れていた。
すらりとした立ち姿は、どこか肉食獣のようなしなやかさを連想させる。
名前をザハ。
ギルド『明星の狼』に属するチーム、『フェンリル』の隊長である。
(紛れこんで治療を受けてもよかったが、まぁ参戦してるのバレるのは色々面倒だからなぁ)
グググ、と伸ばした際に露出した腹部には、生々しい内出血の痕があった。
彼はとある目的で『世界樹』を訪れると、そこで不慮の戦闘に巻き込まれたのだ。
共に戦ったメツバもそうだが、ザハも本来なら動けないほどの重傷を負っている。
二人はそんな体に鞭を打ち、『フェスティバル』の最中に起きたガダル国とエルフィン王国の戦争に参戦していたのだ。
「…………つか、アイツマジで帰ってこねぇのな。『ワルキューレ』の連中に頼み込んで送迎でもさせてやるか、なんて思ったんだが」
結局、周囲には移動するための道具すらなく。
太陽はまだ、少し傾くだけで沈む様子はなかった。
「しゃーねー、歩いて帰るか」
ザハは諸々の選択肢を適当に放棄すると、長い長い道のりを歩き出した。
近くの村や町まで一日で着ける距離ではないが、あれこれ考える方がずっとダルい。
なにより、孤児だったザハにとっては、適当な木があれば根っこを枕にして眠れる。
腹も減っているが、それも慣れたものだ。
「大体俺は『八傑』なんだぞ?迎えの一人もないって、どうなってんだよ」
ブツブツと文句を言いながら歩くが、やはり人の気配はない。
現実を直視して歩くには心身とも疲弊し切っているザハは、回想という現実逃避をすることを決める。
(ま、そうなるとアイツとの出会いだよな)
それは八年前のこと。
まだザハが『八傑』ではなく、ただの一介の冒険者だった時のこと。
その日ザハは、とある少女と出会ったのだ。
──────ダンジョン『連れなる社』、第二十層。
「…………ったく、どこにいやがんだよ」
そこは、まばらに草が生えた荒地だった。
あちこちに木々が生えているが、地表が露出しているからか青々しい草木もどこか寂しく見える。
人の背丈並みの大きさの岩がゴロゴロと転がっており、それが余計に寂しさを助長させていた。
(大体、関所の連中もなんで通しちゃうんだよ。今は特に注意しろって散々言われてたじゃねぇか。これ聞いたら、あの婆さんが何言い出すか分かったもんじゃねぇってのに)
当時はただの冒険者だったザハにとっては、ギルドの方針は絶対だった。
ギルドはダンジョンを管理する組織で、主な役目は冒険者の選定と管理、依頼の管理といった様々な業務を担う仲介組織である。
かつては無秩序だったダンジョンに、一定の規律を求めた誰かが作ったとされているが、詳しいことはザハもよく分からない。
ダンジョンに挑むには、基本的にそこを管理するギルドに認められないといけない。
ダンジョンは世界中に七つあり、それぞれに独立したギルドが存在する。
従って、それぞれを管理するギルドの認可を得ないとダンジョンに挑むことすらできない。
非常に面倒だと思われる仕組みではあるが、こうしないとあらゆる意味で危険なのだ。
(…………ま、俺の知ったこっちゃねぇけどな)
結果、一つのダンジョンに専念する冒険者が増大しているが、今更そんなことを問題視する輩はまずいない。
なぜなら、それなりに実力がある冒険者なら言うほど問題にならないからだ。
ザハは躊躇うことなく下への階段を見つけると、一直線に二十一層へと降りた。
「…………来ない?」
二十一層はとある魔獣の住処になっている。
一見すればヒヒに似た生物なのだが、右前足が異様に発達しており、その爪から麻痺毒に近い液体を分泌させるのだ。
警戒心と仲間意識が強く、一つの群れで大きな空間をなわばりにする習性から、二十一層に踏み入った時点で攻撃されることが殆どである。
そのことを知るザハは、その襲撃を警戒し、背負っていた剣を構えていたのだが。
何故か今回に限っては、鳴き声一つ聞こえてこなかった。
「…………おかしいな。話の通りなら、引っかかってるならこの階層だと思ってたんだが」
周囲を警戒しつつ奥へと進むが、やはり魔獣の気配はない。
ザハが探しているのは、人だ。
それも非常に間抜けで情けない話が要因なのだが、これでは話が違ってくる。
「──────?」
そのまま奥へと足を進めると、ふと近くの岩に視線が止まった。
二十階でも見れる、人の背丈くらいの大きな岩だ。
荒々しい表面と、辛うじて球体にも見える外見なのだが、重要なのはそこではなかった。
「……………………マジか」
予感は、当たっていた。
丁度、ザハから見て死角の位置に、目的の物はあった。
正確に言えば、目的の物を持ち出したであろう人物もそこにいた。
「どうなってんだ、こりゃ」
ボロボロの布に包まれ眠る、全裸の少女がそこにいた。