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3.



 翌日はウィステリアの心とは裏腹に快晴であった。ロイエンはにこやかに微笑みながら、一宿一飯の恩義に礼をし、ウィステリアの手を取った。

 ウィステリアはもう、何も言う言葉を無くしていた。ある意味、自分の話を聞く気がない両親たちに怒っていた部分もある。ロイエンが本物であれ偽物であれ、どうでもいいと投げやりな気持ちになっていた。後で東国から連絡がこなくてその時焦ったところで、知るものか。

 ウィステリアは小さく家族に向かってお辞儀をすると、ロイエンに連れられてそのまま家を出た。ウィステリアの荷物はロイエンが持ってくれている。平民ではあるが裕福な貿易商であるガールンド家は、高額な収納魔法付きのバッグを持っていたため、ウィステリアの一通りの荷物はそのバッグに入れてある。あわせて、いざという時の軍資金も。

 中身の如何に関わらず、あくまでバッグそのものの重さしか感じない優れもののため、ウィステリアは自分で持つと言い張ったのだが、つがいにこんな重い物は持たせるわけにいかないと、彼はウィステリアの手を握りながら言った。


「まずは王都へ向かおうね」


「この近くに宿は取っていらっしゃらなかったの?」


 ウィステリアの荷物と、小さな自分用のバッグしか持っていないロイエンに、ウィステリアは静かに尋ねた。


「買い付けに来られていらっしゃったなら、荷物はかなり重いのでしょう? どこに宿を取っていらっしゃったの?」


 ぴたっと彼は歩みを止めた。それからゆっくりとウィステリアの方を振り向くと、胡散臭いと思われるほどにこやかに微笑んだ。


「宿は王都に取っていたよ。けれど、なんとなくこちらの方角につがいを感じて、それを追ってここまで来たから」


 確かにある程度の距離まで来ると、目を瞑ってもつがいにたどり着けるとは聞いたことがあるが、王都からこの街までどれほどの距離があると思っているのか。ウィステリアは、このロイエンと名乗る男が本物なのか、あるいはロドリエンドの偽りの姿なのか、何度考えても分からなくなり、黙って付いていくしかなかった。


 高速馬車の手配をし、御者に王都までと告げるロイエン。通常であれば2日ほどかかる王都だが、魔石を組み込んだ馬車であれば、その速度は2倍近くになる。その分値段もかなり高額になるが、ロイエンは御者にチップ込みで惜しげもなく多めに支払い、その懐の豊かさをウィステリアに見せつけた。


「夜遅くなるけれど、今日中に王都に着くからね。高速馬車は早いけれど、その分揺れもひどいんだ。疲れるだろうから寝ておいで。肩を貸してあげる」

 

 花祭りの祝祭は本日も続いている。街中は人出で賑わう代わり、街道はそれほど込んではいないらしい。多めに支払ってもらった御者は、ホクホクしながらウィステリアにクッションや毛布を渡してきた。


「お客さん、揺れますからこちらをお使いくださいね。お休みになられるのもよろしいかと思いますよ」


 昨日から考えすぎて殆ど寝ていなかったウィステリアは、この状況で寝ても大丈夫なのかと心配しながらも、馬車に揺られている間に、ロイエンの肩に寄り掛かりそのまま眠ってしまった。


 目が覚めた時は、既に日も沈み、王都へと入っていた。ウィステリアは、昼すら食べずに寝ていた自分にびっくりした。馬車も休憩なしで、ひたすら走っていたらしい。魔石を組み込んでいるとはいえ、馬が無理をしたのではないかと、ウィステリアは思わず心配になった。


 御者に依頼済だったのかウィステリアが目覚めると宿の用意も済んでおり、連れていかれた部屋はキングベッドが鎮座する広いスイートルームであった。リビングルームには花束まで置いてあり、準備の良さが伺える。


「届け出は国に帰るまで待ってもらうけれど、今日は初夜だからね」


 嬉しそうに言うロイエンに、どうしていいか分からないウィステリア。

 これが確実にロドリエンドだと分かれば、止めることもできたであろう。けれど、本当に東国の子息であったとすれば、『つがい婚』の届を出していないだけで家を出た時点でもう夫婦なのだ。『つがい婚』は出会った時から夫婦として認められているため、ウィステリアに拒む権利はない。つがいと認定された時点で、結婚は義務だからだ。


 ウィステリアの気持ちなど関係なく、初夜は滞りなく進められた。

 私の愛しいつがい、と彼がウィステリアに囁くたびに、ウィステリアは心が冷えていく気がした。『つがい婚』は女性にとって義務だという。けれど、男性が女性をつがいと認識するならば、せめて女性側もその男性に対してある程度の好意は持つものではないのだろうか? 少なくともウィステリアはそう思っていたし、世にある『つがい婚』に関わる恋愛小説は皆、どちらも出会った瞬間雷に打たれたように恋に落ちたはずだ。

 ウィステリアはまだ恋をしたことがない。それでも、つがいならば何かしら感じるものがあるのではと思っていた。けれど、ウィステリアはロイエンに全く心惹かれなかった。それ以上にロドリエンドではないかという疑惑で、心が黒く染まりそうであった。

 幸せな気持ちには全くなれない一夜であった。



 ウィステリアを自分の妻にできたことに安心したのか、ロイエンは翌日には東国にはしばらく帰らないと言い始めた。つがいなのだから、誰にも邪魔されないで二人で暮らしたい、と。


 君が眠っている間に手を打っておいたんだ、と笑いながらロイエンは自分の荷物から羊皮紙を取り出し、呪文を唱えた。なんの魔法かとウィステリアが思った時には、木に囲まれた一軒の家の前にいた。周りに人気はあまりないような場所だ。


「つがいはその相手を束縛し、誰にも見せたくないと思うものだからね。君のためにこの場所を作ったよ。君にはこの家にずっと居てほしい」


 ここがどこかも告げることなく、彼はウィステリアを家の中に案内し、そこで生活するよう伝えた。中はそれなりに広く、また置かれてある家具も高級なものが揃えられていた。

 それが、明らかに以前から準備していたであろうことを現す所業であることに、彼は気付いていないのだろうか。昨日今日で誰かに頼んで、ここまでの準備ができるわけがないということに。


 ウィステリアはもう、言うべき言葉を無くしていた。彼は、ロイエンという人物であろうとしているが、きっと彼は東国の四男坊などではない。今回わざわざ羊皮紙を使用したが、本来ロドリエンドならば羊皮紙なしで詠唱が可能なはずだ。自分を別人と誤魔化すためにわざわざ羊皮紙を準備したというのがさらに腹立たしい。


「私は買い付けを続けるけれど、できるだけ毎日ここには戻ってくるから。東国へ、私の両親へ会うのはもう少し落ち着いてからにしようね、愛しいつがい」


 そっとウィステリアに口づけようとする彼に、ウィステリアは静かに涙を流すしかなかった。もう自分はロイエンに抱かれてしまった。今更逃げることもできない。遣り切れない思いは、ひたすら涙に換えるしかなかった。



 結婚生活は、順調ではなかったかもしれないが、それなりに進んでいった。それはウィステリアがすべてを諦めていたからに他ならない。この家は、ウィステリアを逃がさないよう、ウィステリアが外に出るのを阻む魔法が組まれていたので逃げようがなかったし、何よりここがどこか分からないので逃げ切れるかすら怪しいものであった。


 そしてロイエンは少なくとも、東国の四男坊であるという姿勢は崩さなかった。十日に一度は、買い付けたという代物を見せてはくれてはいたし、ウィステリアの望むことは何でもかなえようとしてくれていた。外に出るのだけは認めてくれなかったが。

 当初は毎日食事をどこからか購入してきたが、出来合いのものに飽きてきたウィステリアは自分で料理を作りたいと申し出た。メイドの居る生活をしていたとはいえ、平民である。花嫁修業を兼ねて一通りの家事くらいは学んできている。


 初めのうちはロイエンが仕事帰りに食材を買ってきていたが、手間がかかるだろうからと固辞し、週に一度ではあるが御用聞きに来てもらえるようになった。寡黙な年嵩の男性であったが、頼んだ食材はかなり質が良く、近くにはある程度繁栄している街があることが伺えた。

 そうやって、ウィステリアはロイエンに気付かれないように、この街及び周囲について情報収集を始めた。

 いつかここを逃げ出してやる、というのはウィステリアの思いだ。


 ウィステリアは、ロドリエンドのことは年上ではあるが弟のように思っていた。それは信頼していたと言ってもよい。けれどこの仕打ちは何だ。ガールンド家を騙し、ウィステリアを騙した。けれどそれをロイエンに詰ったところで、きっと彼は認めないのだろう。彼は自分を東国出身だと言い張るに違いない。

 ロドリエンドが誠実にウィステリアに婚姻を申し込んだら、了承したかもしれない。貴族との見合い話もなくなったのだから。けれど、ロドリエンドはやってはいけないことをした。ウィステリアをつがいと偽るという、信じられないような大嘘を!


 だから、待つのだ。

 このままの状態がずっと続くなどありえない。もしこの状態が永続的に続くとしたら、ウィステリアはきっと精神を病んでしまうだろう。

 だからそうなる前に、『1.ロドリエンドに真のつがいが現れる』か、『2.ウィステリアに真のつがいが現れる』か、『3.ロドリエンドがウィステリアに飽きる』か、『4.ウィステリアが絆される』か、の4つしか選択肢はないと思っている。そしてウィステリアが絆される以外に、この関係が継続し続けることは不可能だが、それはほぼ有り得ないということもよくわかっている。一体誰が大嘘吐きのロドリエンドなどに絆されるというのだろう!

 ロドリエンドの執着を考えると、今のところ3の可能性はあまりないかもしれない。そして2ついては、ウィステリアが家に閉じ込められているこの現在、たとえ真のつがいがいたとしても見つけることはほぼ有り得ないだろう。そうなると、ロドリエンドに真のつがいが現れること、それだけがこの虚構に塗れた生活を終える方法。唯一の、ウィステリアの望みを託すべきところだ。


 幸い、ロドリエンドは買い付け商人のふりをするためか、王都で魔導士の仕事の後にあちらこちらへと移転魔法で珍しいものを買いに行っているようだ。ウィステリアにばれていないと思っている所が信じられないが。


 どこかで真のつがいに出会いますように。出かけていくロドリエンドに向かって、心の中でウィステリアは毎回祈る。無表情でロドリエンドを見送りながら。

 少なくともこの生活の中で、ロドリエンドに笑顔を振りまくことは一生ないだろうと思いながら、ウィステリアは今日も鬱屈とした一日を過ごす。



誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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